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2020.04.28「第9回 いかなごのくぎ煮文学賞」入賞作品

「第9回 いかなごのくぎ煮文学賞」には2211作品の応募がありました。たくさんのご応募、ありがとうございました。選考の結果、以下の通り入賞作品を決定しました。

 

【グランプリ】

大阪たたみ さん(大阪府、女性、45歳)

エッセイ「お嬢様のヒ・ミ・ツ」

 

いかなごのくぎ煮が出回る頃、いつも思い出す人がいる。それは以前一緒に働いていた職場の同僚だ。

彼女は上品な雰囲気と可愛い容姿に加え、中学から大学まで、地域で有名な女子校に通っていたお嬢様。容姿のみならず、多岐にわたる仕事を文句1つ言わず丁寧にやり遂げる姿も魅力的だった。お嬢様とは縁のない生活を過ごしていた私。同じ大阪人で同世代にもかかわらず、こんなにも自分と違うものかと驚かされた。

そんな彼女の秘密を私は知っている。大好きなケーキを食べた後、ケーキの回りの透明フィルムをペロッとなめるのだ。子供の頃、「外で絶対にやったらアカン」と母から強く言われていた行為を、お嬢さまはカフェで可愛く堂々とやってのけたのだ。

ある日、一緒にお昼ごはんを食べていた時のこと。お弁当に入っていたいかなごのくぎ煮を見て大喜びの彼女。好物のひとつで、この季節を心待ちにしているんだとか。そんな話をしながら弁当を食べ終わった後、くぎ煮が入っていたアルミホイルをペロッとなめたのだ。ケーキに巻かれた透明なアイツをペロッとした時と同じように、堂々と可愛く…。

結婚が決まり、退職した彼女。

旦那様は知っているのでしょうか。お嬢様のヒミツを。

〈三田完・特別審査委員長講評〉くぎ煮で思い出すのは祖母の笑顔…そういう作品があまたあるなか、この作品の主人公は育ちのいいお嬢様。そんな彼女のヒミツとは…。短い文章ですが、〝あるある感〟満点のユニークなエッセイです。

 

【準グランプリ】

三郎 さん(千葉県、男性、70歳)

詩「東風」

 

祖母に火箸で打たれ、額から噴き出る血を拭いもせず飛び出していく母。

けれど、翌朝には何事もなかったかのように祖母の帯を結ぶ。

「どうかね?」と問う祖母に三つ指をついて母が答える。

「お綺麗です」

そうして、祖母はお寺で念仏講の仲間に鼻を高くするのだった。

「ウチの嫁の結ぶ帯はゆるまん」

 

綿帽子で顔を隠し、白無垢で地主屋敷に嫁いできた祖母。

(心臓病で冬でも日傘を手放さなかった)

東京千駄ヶ谷のお屋敷育ちの母。

(二・二六事件の時には門前に大砲が置かれたという)

ともに気位が高く、うまく折り合えない二人だったが――。

 

ボケ始めて、ある日ゆで卵十個を平らげ粗相をする。

せせら笑う母に「そこまで零落れてはおりませぬ」と腰巻をたくし上げるが、そこには汚物がどっさり付着していて、「あらっ」と照れ笑いするほかなかった祖母。

そんな祖母が唯一面目を施すのがくぎ煮だった。

いかなごの季節になると、割烹着姿の祖母がくぎ煮炊きの司令塔になるのだった。

「ボケてるくせにこれだけはかなわんワ」と、母が脱帽したその美味さ!

 

やがて祖母は「喉が渇く」と言っては水を飲み、腹は蛙の如く膨れ上がり、小水が出ると「出たぜえ」と母を呼び、最期に「抱いとくれ」と赤子のように甘えて、母の腕の中で息絶えた。

その祖母のくぎ煮の味は母へ、さらに母から我が妻へと少しずつ味を変えながら今も引き継がれ、毎年私の舌は東風が吹くのを心待ちにするのだ。

〈三田完・特別審査委員長講評〉くぎ煮の味は祖母から母へと受け継がれたもの。しかし、ここに登場する祖母は一筋縄ではいかない人です。きれいごとでは済まさずに人物像を造形する作者の筆力に感服しました。

 

【お手紙賞】

ジュンマル さん(兵庫県、女性、64歳)

エッセイ「天使が舞い降りてきた」

 

いかなごの季節になると思い出す。

昨年三月のある日、息子の嫁から電話がかかってきた。確か今日は産婦人科の検診日のはず。

「破水しているので、即入院といわれました」

「えーっ」

まだ予定日には数週間ある。しばらくすると、息子から「生まれた」と電話が入る。

ベイビーを見にいき、「よくがんばったね」と嫁の手を取った。

「お願いがあります。こんなに早く生まれるとは思わなかったので、朝、いかなごを三キロも買ってしまいました。炊いてもらえませんか」

ええーっ、大きなお腹をして、いかなごを三キロも買いにいったの?

それも検診日の朝に?

年々いかなごは高騰し、私なんていかなごはあきらめの境地なのに…。嫁は息子の大好物のくぎ煮を毎年炊いている。断るわけにはいかない。

しかし、引き受けたものの、いかなごを炊くのは母の役目であったし、それも値段が高くなり、もう何年も前に炊くのをやめてしまった。ネットでくぎ煮の検索をする。

大鍋二つに分け入れてグツグツ煮こむ。

途中で混ぜてはならずを守り、忍耐強く鍋の見張りをする。炊きあがったときには疲れはててしまった。味はどうだろう。つまんでみる。初めてにしては上出来だ。いや美味しい。数パックにつめ、携帯で写真をとり、嫁に送る。すぐに返事がきた。

「お義母さん、ありがとうございます」

「ねぇ、一パックもらってもいいかな」

「もちろんです」

三月、いかなごの季節になると、この一連の出来事を思い出す。いかなごのくぎ煮といっしょに天使が舞い降りてきたんだもの。

孫は一才になった。今年、私のいかなごのくぎ煮作りは二年目を迎える。

〈三田完・特別審査委員長講評〉「お手紙賞」は郵送で届いた応募作品から選ばれます。臨月の嫁が突然破水。病院で臥す嫁の口から洩れた思いがけない言葉とは…。

 

【特選(俳句)】

室谷早霞 さん(大阪府、女性、57歳)

梅東風にくぎ煮の匂い纏はせて

〈三田完・特別審査委員長講評〉「纏はせて」が効果的でした。早春に吹く東風はまだ暖かいというほどではありませんが、希望を呼び起こします。さらに食欲を誘うあの香りが。

 

【特選(短歌)】

しんちゃん さん(埼玉県、男性、74歳)

地方紙の 皴を伸ばして 読みあさる くぎ煮届いた 箱の詰め物

〈三田完・特別審査委員長講評〉手作りのくぎ煮の梱包に入っていたのは神戸新聞でしょうか?。読みふけるうちに、たちまち時間は過ぎて…。

 

【特選(川柳)】

だいちゃんZ! さん(大阪府、男性、44歳)

無観客 くぎ煮を母は 手を抜かず

〈三田完・特別審査委員長講評〉「無観客」をはじめ、「クラスター」「三密」など、耳慣れぬ言葉が続々と出てくる昨今。たしかに厨房は観客なき劇場です。

 

【特選(詩)】

ゆみっちょ さん(埼玉県、女性、21歳)

「すきな道」

 

今春三度目の浪人が

決まった

頭は真っ白

お先真っ暗

 

その帰り道

どこからともなく

くぎ煮の香り

 

定食屋では

客の呼び込みをする

換気扇

 

フラフラと足は

香りの方へと向く

あの家

その家

そこの店

 

香りがいちばん強くなったとき

顔を上げると

自宅前

 

「おかえり。遅かったね。くぎ煮あるよ」

 

私が一番好きな道は

寄り道かもしれない

〈三田完・特別審査委員長講評〉茫然自失の状態で街を歩いていると、あの香りが。人生で本当に大切なものは、小さな幸せですね。捲土重来を祈ります。

 

【特選(エッセイ)】

かのん さん(東京都、女性、48歳)

「善い人」

 

祖母が嫌いだった。

母と祖母の仲が悪い事もあり、可愛がられた記憶はない。

一度こじれると、他の親族の手前、修復は無理だったのだろう。

祖母の家に行くと、高級な保存容器にいかなごのくぎ煮が置いてある。

「これはいい物だから食べちゃダメ」

祖母の家では、勝手に食べてはいけない。

だが、可愛がられている従妹らは何も言われず、無邪気に食べていた。

「嫌われているんだな」

と思った。

ある時、母が出産の為、入院する事になった。

父は、家事全般は女がすべきの一昔前の九州男児。

困っていると、なんと祖母が手伝いに来てくれた。

祖母は朝から晩まで、母に変わり家事をしてくれた。

私も一緒に手伝いたかったが、学校が終わると逃げる様に、

いつもより遊びに出かけた。

「どうせ嫌われてるし、手伝っても何か言われそうだし」

今にして思えば、初めて密に接する照れもあったのかもしれない。

祖母は父の為に、いかなごのくぎ煮を持ってきた。

贅沢品に、父は喜んでいた。

「食べてみたいな」

思ったが、又怒られると感じ食べなかった。

母が退院し、祖母は帰っていった。

私は特にお礼も言わなかった。

大人になるとわかる。

人の家庭に、2週間手伝いに行く事の大変さを。

しかも仲の悪い嫁と、可愛げのない子供がいる家庭だ。

私なら、出来ない。

「ありがとうおばあちゃん」

なぜ、あの時、言えなかったのだろう。

私は

「ありがとうございます~」

とよく言っている。

祖母は10年前位に他界し、口先だけの感謝すら伝える事はできない。

先日、高級旅館に泊まり、朝食に小鉢に入ったいかなごのくぎ煮が出た。

炊き立てのご飯と一緒に、生まれて初めて一口食べた。

すごくおいしいような気もするし、ありふれた味にも感じる。

訳もなく涙がポロリと出た。

「花粉症?」

主人が聞いたので、慌てておしぼりで目をぬぐった。

我が家に持ってきたいかなごのくぎ煮も

気兼ねなく私に食べさせる為だったのだろうか。

祖母は優しい、善い人だった。

〈三田完・特別審査委員長講評〉「祖母が嫌いだった」というショッキングな書き出しで、読者を引き込む作品です。作者の心の揺れがひしひしと伝わってきました。

 

【特選(エッセイ)】

イゆま館 さん(大阪府、女性、22歳)

「テーブルを囲んで」

 

私が大好きだった西宮から追い出されたのは18歳の時であった。

両親が離婚したのである。

仕方ないことだった。私が知っているだけでも、二人が一緒にいられない理由は大きいものが1つ、小さいものが5つあったので、当人たちはもっと色んな原因を抱えていたに違いない。

西宮では春になると、どこのお家でもいかなごのくぎ煮を炊いていた。ご近所さん同士、いかなごをおすそ分けし合うのも春先の恒例行事だった。岡田さん家のは甘くて美味しい、筒井さん家のは硬くて美味しい、うちのは茹ですぎなのかフニャフニャで魚も小ぶりだが、生姜の味が効いていて美味しかった。

多くの人と同じように、私もいかなごは季節の料理だと思い込んでいて、郷土料理だとは知らなかった。

 

大阪に引っ越して、母はいかなごを作らなくなった。

近所をいくらうろついても、いかなごのにおいはしないが、一度だけ私は「もうすぐ春やし、いかなご食べたい」と母に言ってみたことがあった。

すると母は、いかなごってこっちで買うと高いねんなぁ。西宮と全然値段ちゃうねん

と取り留めもなさそうに言った。

次の日、母はスーパーでいかなごのくぎ煮を買ってきてくれ、私は初めてプロの作ったいかなごを食べた。もちろんすごく美味しかったが、絶妙すぎた。辛くて甘くて生姜が香る、ちょっと硬くて魚もちょうどいい大きさで、つまらなかった。

いかなごならなんでもいいわけじゃなかったのだ。家庭によって全然味が違ういかなごがおもしろくて、家族でわいわい言いながら、色んなお家のいかなごをお茶碗にのせて食べるのが好きだった。

 

母は西宮に思い出を置いてきた。もう母は大声で喧嘩もしないし、過去を思い出してメソメソもしない。母にとっていかなごは『西宮のいかなご』で、なんなら『嫁ぎ先の地でたまたまみんな作ってたから、ノリで作ったもの』くらいで、他に意味なんてなかったのかもしれない。

 

私がいかなごをご馳走したら母は懐かしいね、と笑うのだろうか。父は料理が出来るようになった私を褒めてくれるだろうか。兄は毎年作ってや、なんて言ってくれるだろうか。

 

二度と集まらない4人でいかなごを突き合う食卓は、私が何をどう頑張っても手に入らないとは知りながら、私は今年も自分のために、誰も知らない味のいかなごを炊く。

〈三田完・特別審査委員長講評〉18歳のとき、バラバラになってしまった一家。あの団欒が戻ることは決してないと知りつつ、くぎ煮を炊く私。ほろ苦い大人のエッセイです。

 

 

《ジュニア部門》

【グランプリ】

ざきじゅん さん(東京都、男性、小2)

詩「算数」

 

算数で

「はかり」を習った日

家でもちょっと気になって

こっそりくぎ煮を

のせてみた

針はちょうど10グラム

数えてみたら

いかなごが

73びきいたんだよ

 

それからママが

スーパーで

いかなご

4キロ買ってきた

 

あわてて取り出す

計算機

4キロいかなご

な、な、な、なんと

その数29200ぴき

なんだかちょっぴり

かわいそう

 

はかりにのった

くぎ煮見て

そまつにするなと

ママおこる

 

だけどぼくも

言ったんだ

買いすぎだって

言ったんだ

 

そしたら

ママも反省し

さいごにぼくに

こう言った

 

次回から

二キロにします

ごめんなさい

〈三田完・特別審査委員長講評〉小学2年生の作品。10グラムのいかなごは73匹。数えたあと、ちゃんと自分で食べたかな?

 

【準グランプリ】

大恵貴子 さん(兵庫県、女性、小4)

エッセイ「きっと、いつか」

 

私は、ほっぺたが落ちそうなくらいあまくておいしいいかなごのくぎにが大好きです。ホッカホカのご飯の上にいかなごのくぎにをのせて食べると、心もホッカホカになります。

母や妹は、玉子かけご飯の上にいかなごのくぎにをのせて食べます。よりあまく感じて、めちゃくちゃおいしいと言っていました。私もまねをして食べたいのですが、アレルギーがあるので食べることができません。

じつは、私がようち園に通っていたころは、いかなごのくぎにも食べることができませんでした。大豆アレルギーがなおって、初めていかなごのくぎにを食べた時に、おどろいたのを覚えています。

茶色いいかなごのくぎには苦そうで、どんな味なのかとおそるおそる食べてみました。想ぞうしていた味とまったく違い、あまりのおいしさに感動しました。

これまで、こんなにおいしいいかなごのくぎにを食べられなかったことがくやしく感じました。しかし、これからは、ずっといかなごのくぎ煮を食べられます。そんな私はラッキーです。

いつか生玉子が食べられるようになったら、玉子かけご飯の上にいかなごのくぎにをたっぷりとのせて、家族みんなで楽しくおいしく食べたいと思います。

〈三田完・特別審査委員長講評〉食物アレルギーの小学4年生。いつか玉子かけご飯にくぎ煮を乗せて食べてみたい。

 

【特選】

水野結雅 さん(愛知県、男性、小6)

俳句:大口へくぎ煮飛びこむ春来たる

〈三田完・特別審査委員長講評〉小学6年の俳句です。くぎ煮になってもイカナゴがピチピチ跳ねています。

 

【特選】

横道玄 さん(山口県、男性、小3)

短歌:へいにむかいボールをければぼくのはなくぎにのにおいをキャッチしている

〈三田完・特別審査委員長講評〉小学3年の作者は昨年に引きつづきの受賞です。くぎ煮をたくさん食べて、来年も短歌を作ってね。

 

【特選】

小松崎葵 さん(埼玉県、女性、高2)

詩「母への誓い」

 

母の病気。視野狭窄症。

今じゃ五十円玉の穴から

世界を見るようなもの。

待ち受ける失明の危機。

未来までも見えず

ただただ

ふたりで泣き明かす。

一昨日、母に教わった

くぎ煮を炊いた。

なんだか寂しくて

曇るメガネの下で

こっそり泣いた。

味見じゃ母が豪快に泣いた。

 

だけど最後に

「おいしかった」

って笑った。

いま、母がどのくらい

見えているかわからない。

たとえ針の穴くらいだとしても

そこから見える私は

笑顔でありたい。

 

もし見えなくなったら

今度は思いきり

笑い声を聞かせてやりたい。

いや、聞かせるんだ。

「母ちゃん、くぎ煮できたよ」

って。

〈三田完・特別審査委員長講評〉高校2年の作品。病気のお母さんにせめて笑顔を見せたい。けなげな誓いに拍手。

 

 

【いかなごのくぎ煮振興協会賞】

三宅航暉 さん(愛知県、男性、高2)

俳句:炊事場に家族の集ふ釘煮かな

〈山中勧・いかなごのくぎ煮振興協会事務局長(株式会社伍魚福社長)選評〉親から子へと受け継がれてきたわが家の「くぎ煮」。炊き方を教える人、教わる人、そして炊き上がるのを待つ人。くぎ煮をきっかけとする家族団らんが目に浮かびます。

 

【いかなごのくぎ煮振興協会賞】

大濱義弘 さん(兵庫県、男性、76歳)

短歌連作「ひょっとして今年が最後? わが家でのくぎ煮の事情歌に詠みたり」

 

〈解禁前〉

解禁を待つ妻日々に美しく輝く老いの腕を撫しをり

寝室の段ボール箱 黄金のザラメ味醂に生姜の揃う

 

〈解禁日〉

暁闇の茅渟の浦わを埋め尽くす漁火きょうはシンコ解禁

たっぷりのイカナゴ貯金もちていざ「魚の棚」へと妻の出で立つ

シンコ買う列に並ぶや小半日くぎ煮炊かねば春は来ぬぞと

二時間も並びて買へず不漁とや妻傷心の帰還 落胆

 

〈解禁二日目〉

くぎ煮炊くちから温存させるため乃公(だいこう)いざと喜寿の並べり

この街の女性は強し鮊子を求め二時間平気で並ぶ

シンコ買ふ列の老婆の元気さに男どもみな苦虫をかむ

老い進む妻を労はる五時間の列に並びてゲット六キロ

くぎ煮炊く妻の体力おそるべし五時間ならびすぐに厨へ

くぎ煮炊くのに必須なる三つあり時間とカネと並ぶ根性

シンコ買ふ列七時から午後二時まで つひに果たせず玉砕をせり

シンコ売る魚屋さんへモノ申すもつと状況アナウンスせよ

 

〈解禁三日目〉

十二キロ買へたとメール喜びの妻の歓喜の笑顔髣髴

お隣りへ匂ひだけでは済まぬとて妻一番にお裾分けする

十八キロ炊いて親戚縁者へと送る手間ひま妻の晴れやか

 

〈二十三軒 送付後〉

「今年こそもうだめだろう」とう電話 妻の労苦の報われるとき

 

〈老いの感慨〉

連れ添って初めてシンコ買ふ列に並び尊敬 妻は偉大と

春だよりくぎ煮に添へる妻の文〈来年はもう無理かも〉と書く

 

〈山中勧・いかなごのくぎ煮振興協会事務局長(株式会社伍魚福社長)選評〉毎年短歌連作のご応募ありがとうございます。解禁初日、2日目、3日目と読ませていただき、こちらもハラハラドキドキ。奥様のくぎ煮への思いを強く感じました。来年はたくさん獲れるといいのですが。

 

【いかなごのくぎ煮振興協会賞】

Mako さん(愛知県、女性、 56歳)

川柳:くぎ煮食べ 勝つぞコロナに 知らんけど

〈山中勧・いかなごのくぎ煮振興協会事務局長(株式会社伍魚福社長)選評〉新型コロナウイルス感染拡大で重苦しい雰囲気ですが、みんなで協力して収束を目指していきたいです。大事なのは接触を減らすこと、手洗い、うがい。加えてくぎ煮で美味しくご飯を食べれば免疫力も高まる?。知らんけど(笑)。

 

【いかなごのくぎ煮振興協会賞】

わだくん さん(埼玉県、男性、小5)

詩「謎解き」

 

母ちやんのノートに

謎がある

それはくぎ煮の作り方

なぜか

しょうゆの分量に二重線が

いっぱい

 

十年前は200ml

それが180ml、150ml…になって

ついに今年100ml

 

半分も減っちゃった

 

「節約だろ?」と兄ちゃん

「失敗したんじゃない?」と妹

 

しかし母ちゃんは笑う

とうにょう病の父ちゃんのため

 

なんだそうか

母ちゃんは

節約上手でも料理下手でもない

しょうゆを減らしたくぎ煮は

失敗作でもない

 

くぎ煮の薄さは

愛の濃さ

〈山中勧・いかなごのくぎ煮振興協会事務局長(株式会社伍魚福社長)選評〉ご家族のお好みや体調によってくぎ煮のレシピも変わっていきます。味の濃淡、柔らかさ、硬さ。それぞれ炊く方のご家族への思いが反映され、それぞれの家庭の味になっていくのですね。

 

【いかなごのくぎ煮振興協会賞】

浜平かもめ さん(兵庫県、男性、41歳)

エッセイ「祖母といかなごのくぎ煮」

 

祖母は孤独な人でした。都会暮らしのせいもあって近所づきあいもせず、友達もいません。祖母の家に行くと、いつもテレビを見るか本を読んでいる、そんな人でした。しかし、そんな祖母にも1つ趣味がありました。

それは料理です。祖母の作る料理は非常に美味しく、この料理もとても楽しみで、祖母の家に行くことが多かった。そんなある日のことでした。祖母の家を訪問すると、ぷーんと醤油の甘い匂いがする。台所に向かうと、祖母がいかなごのくぎ煮を作っている最中でした。祖母は笑顔で言いました。

「新鮮ないかなごが手に入ったから、久しぶりに作ろうと思ってね。さあ、もう出来上がるよ」。そして、美しく飴色に煮あがったいかなごのくぎ煮をザルに移し入れ、私が団扇で扇いで粗熱を冷ましました。

そして、丁度冷めた所をつまんで頂くと、いくらでもご飯が進みそうな味に、思わず「美味しい!家庭でこんな味が作れるんだね」と叫んでいる自分がいました。祖母はそんな私を見て微笑み、「沢山作ったから、もって帰りなさい」と、大量にお土産を頂きました。

私は家に戻ると、相当の量だったので、家庭では食べる分とは別に近所付き合いの主婦におすそ分けをしました。するとです。その出来の良さに感服したのでしょう、主婦の方に是非作り方を教えて欲しいと言われました。

私はこれはチャンスだと思い、返事を一旦保留にし、祖母に電話を入れました。すると祖母は渋々提案を受け入れてくれました。そして後日、主婦が入手したいかなごを手に、主婦と共に祖母の家に向かいました。

祖母は初めよそよそしく教えていたのですが、徐々に親密になって行き、最後にはとても良い雰囲気でいかなごのくぎ煮を教えていました。そして、これがきっかけで祖母の料理上手が知れ渡り、これ以降、祖母の家で料理を作る会のようなものができ、人の行き来が生まれました。

孤独だった祖母に、人のご縁を作るきっかけとなったいかなごのくぎ煮。私はいかなごのくぎ煮にとても感謝しています。

〈山中勧・いかなごのくぎ煮振興協会事務局長(株式会社伍魚福社長)選評〉地域の食文化であるいかなごの「くぎ煮」は、重要なコミュニケーションのツールでもあります。この作品のようなご縁の広がりが過去から無数にあったことが想像されます。未来にも広がることを祈っています。

 

三田完・特別審査委員長総評

今回の応募作は総数2211点。拝見していて、昨年までとは異なる印象がありました。例年、もっとも応募が多く、いわば〝くぎ煮文芸〟の中核を担うのは川柳部門なのですが、今回は応募が少なく、諧謔の冴えもいまひとつでした。一方、詩とエッセイ部門に読み応え充分の力作がたくさんありました。こうした傾向には、新型コロナウイルスが影を投げているのかもしれません。しかし、もしかしたら…。私は夢のような想像をしています。人間たちがいっとき、コロナの不安に委縮しているあいだに、海の中はイカナゴが着々と増えているかもしれない、と。くぎ煮ファンの皆様、時節がらくれぐれもご自愛を。

 

事務局より(山中勧・いかなごのくぎ煮振興協会事務局長)

今年のいかなご漁は史上最悪の大不漁。加えて、新型コロナウイルスの感染拡大で地元のくぎ煮関係のイベントの中止が相次ぎました。そんな中でも、「くぎ煮文学賞」は全国46都道府県から2211点もの作品を寄せていただくことができました。重苦しい雰囲気が漂う今日この頃ですが、「くぎ煮」とご飯で栄養を十分にとり、来年も元気にお目にかかりたいです。

 

【「いかなごのくぎ煮文学賞」入賞作品】

第8回 いかなごのくぎ煮文学賞

第7回 いかなごのくぎ煮文学賞

第6回 いかなごのくぎ煮文学賞

第5回 いかなごのくぎ煮文学賞

第4回 いかなごのくぎ煮文学賞

第3回 いかなごのくぎ煮文学賞

第2回 いかなごのくぎ煮文学賞

第1回 いかなごのくぎ煮文学賞