株式会社伍魚福 代表取締役社長

「食」全般くぎ煮資料室地域・社会とのかかわりについて2026.01.30(Fri)「玉筋魚釘煎り」大正11年(1922年)の文献発見

今から104年前の大正11年(1922年)1月25日発行「新らしき研究 和洋料理の仕方」(村井政善著)という書籍の中に「玉筋魚の釘煎り」の記述があるのを発見しました。

また、今から112年前の大正5年(1914年)3月3日発行「大日本水産暦」(水産新報社出版部編纂)のいかなごの項目に「釘煮」の表記があるのも発見しました。

いかなごの「釘煎」(くぎいり)または「釘煮」について、これまで最も古いとされていた文献は、昭和10年(1935年)11月15日発行の「滋味風土記」(魚谷常吉著)。
今回の2つの文献の発見で21年さかのぼることができました。
滋味風土記については、こちらの記事をご参照ください。

本記事では、まず、「玉筋魚の釘煎り」のレシピについて書かれた、「和洋料理の仕方」について分析、記述します。
「大日本水産暦」については、次の記事をご参照ください。

今回見つかった「和洋料理の仕方」は、大正9年(1920年)に内務省に設置された国立栄養研究所の調理部長を務めておられた村井政善さんという方の著作です。

国立国会図書館デジタルコレクションというWebサイトの存在を知り、「いかなご」「釘煎」で検索をして見つけたものです。
本稿の書籍画像は、このサイトからダウンロードしたものです(余白は削除させていただきました)。
その170ページに「玉筋魚の釘煎り」が掲載されています。

この書籍では「いかなご」が「玉節魚」と表記されています。
現在一般に使われている「玉筋魚」(いかなご)の表記では真ん中の文字が「筋」(すじ)ですが、「節」(ふし)となっているのです。
同じ著者の「和洋料理全集」(昭和5年刊行)には「玉筯魚」と表記されていますので、誤字であると思われます。
なお、「玉筋魚」の表記については、本来は「筋」(すじ)ではなく「筯」(ちょ=箸のこと。玉筯魚=玉でできた箸のような魚という漢語が由来)が正しいというのが私の考察(詳しくは、こちらの記事を参照ください)です。
村井政善さんも「玉筯魚」と表記されていることがわかりましたので、この考察がさらに強化されました。

記載されている内容を、以下転記します。
いかなごの表記については、今後のインターネットでの検索を考慮して「玉筋魚」を用います。
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◎玉筋魚釘煎り
材料 玉筋魚五合、砂糖三十匁、木の芽少々、味淋五勺、醤油三合
玉筋魚をよく水洗いして笊(ざる)にとり、水気を十分に去って鍋に入れ、醤油、砂糖、木の芽を共に入れ、微火(とろび)にかけ徐々に煮上げ、汁気の凡そなくなりし頃少量の味淋を加へ汁気の充分なくなるのを度として火より下し冷却の後進めます、是は釘のやうピンと煮るのです。
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当時一般家庭、また鮮魚店では、いかなごを枡で量っていたのでしょう、「五合」と表記されています。
水5合が約900グラム。いかなごの比重は、海水の比重1.025〜1.03と同程度か少し高いと考えられるので、いかなごは930グラム程度だと思われます。
砂糖三十匁、1匁は3.75グラムなので、112.5グラムです。
味醂(味淋と記載)は5勺、1勺は1合の10分の1ですので、約90mlとなります。
醤油が3合、約540ml。
薬味には、現在よく使われる生姜ではなく「木の芽」を使う、となっています。今でも山椒(の実)を入れて炊く方が多くおられますので、現代へのつながりを感じます。

ちなみに、私の家庭での定番レシピは次のとおり(伍魚福のくぎ煮レシピとは異なります)。
いかなご1キロ、醤油 180ml、みりん 20ml、砂糖 300グラム、しょうが50~70グラム
比較すると100年前の「釘煎り」は砂糖の量が半分以下です(その分みりんが多い)。醤油が倍以上でかなり醤油の風味が強いものだったと推測できます。

昭和10年の「滋味風土記」の「玉筋魚釘煎り」のレシピは次のとおり。
玉筋魚一升(約1.86キロ)に対し生醤油五合(約900ml)砂糖五十匁(187.5グラム)
やはり醤油の分量が多く、今回の文献に近い味付けですね。

比較しやすくするために表にしてみました。

いかなご1kgあたりに換算しますと、次のようになります(小数点以下の端数は四捨五入)。

いかなごを醤油のみで炊く「醤油煮」という料理法もありました(「聞き書兵庫の食事」日本の食生活全集兵庫編集委員会編、社団法人農山漁村文化協会」)が、その延長上にあるのかもしれません。
砂糖が今よりも高価だったことも関係していそうです。
今年いかなごがたくさん手に入れば、昔のレシピを再現してみたいところですが、最近の相場を考えるとちょっと躊躇してしまいますね。

「釘煎り」の次に「兵庫煮」(ひょうごだき)が掲載されています。
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◎玉筋魚兵庫煮
材料 玉筋魚五合、煮酒三合、醤油三合、砂糖大匙山三杯、山椒の葉五十匁位
玉筋魚をよく洗ひ鍋の中に入れ醤油及酒を加へ文火(とろび)にかけて煮ます、中ば煮へたる頃砂糖を加へ山椒の葉を入れ汁気のなくなる迄煮ます、鍋のままにて冷しよく冷却(さま)した頃山椒の葉と共にもり合せて進めます、朝食(あさ)の小皿物又は御客膳等の小付物等によろし。
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こちらも同様に現在の単位に換算します。
いかなご約930グラム、煮酒約540ml、醤油約540ml、砂糖約45グラム、山椒の葉約187.5グラム
山椒の葉をかなりたくさん入れたいかなご料理ですね。
砂糖が少なめで山椒の風味の強い、いかなご料理といえそうです。
農林水産省の「うちの郷土料理」には京都府の郷土料理として「山椒の葉の佃煮」が掲載されています。こちらはちりめんじゃこと一緒に炊くとのことで少し関連性を感じます。

この書籍には、他に「玉筋魚平氏揚 添出汁」、「玉筋魚の熊ヶ谷煮」(くまがたにだき)、「玉筋魚の鮨」、「玉筋魚三杯酢」、「玉筋魚の酢味噌」などが紹介されています。
「熊ヶ谷煮」、「三杯酢」、「酢味噌」にはいかなごの釜揚げが用いられています。
また、「平氏揚」、「熊ヶ谷煮」、「三杯酢」、「酢味噌」については、「尾頭を切り除け」とありますので、大きくなったいかなご(ふるせ)を使用していたと推測できます。

また「玉筋魚の鮨」の項では「前の釘魚」(釘煎りのことと思われます)を用い、「但し木の芽の入らぬものを」との記載があり、「釘煎り」を作る際に木の芽を使用しないレシピがあったこともわかります。

長田、駒ヶ林で「駒ヶ林いかなごウォークラリー」が開催されていた際には、ゴールでいかなごの巻き寿司(くぎ煮の入ったもの)が提供されていたのですが、大正時代から100年以上作られていたんですね。

奥付の記載は次のとおりです。

大正11年1月20日印刷
大正11年1月25日発行
定価:2円50銭
著者:村井政善
発行者:石塚猪男藏
印刷者:井下精一郎
印刷所:井下書籍印刷所

発売所:石塚松雲堂(大阪)
富田文陽堂(東京)


2010年に開催した「いかなごのくぎ煮コンテスト」でお会いした、当時92歳の友光喜代子さんから、大正時代からくぎ煮を炊いて食べていた、という証言をいただいていましたが、改めて文献上でも確認することができました。
友光さんのお話を伺った際の記事はこちらをご参照ください。

この「和洋料理の仕方」は、大正11年(1922年)当時のおすすめ和洋料理の作り方を料理研究家の村井政善さんがまとめたものです。
序文には次のような記述があります。
家庭料理を司る奥様方が栄養的にも、経済的にもまた簡易にもとご苦労されているだろう、というような話の後、
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既刊の料理書をみるに、その料理法の多きを誇るものにして説明の足らざるものあり、或は料理法にも亦註解にも完全にして、日進月歩の今日に添はざる憾みあるもの等にして仲々に完全なるもの少し、余茲に鑑み二十有余年間実地研究せるものの内より、通俗にして然も簡易何れの家庭にも向く料理法を選び、努めて時世の推移にをくれざらんことを期したれば、大方読者諸士の意に副うにちかからしむと信ず。
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書籍発行以前20年以上をかけて研究したレシピ、ということで、明治末期から大正にかけての料理法をまとめたものといえます。
いかなごの「釘煎り」もそのころから親しまれていたのでしょう。

国立国会図書館デジタルコレクションで「国立栄養研究所」を検索しますと、1918年(大正7年)に「設立建議書」がヒットします。
その系譜を継ぐ、国立研究開発法人医薬基盤・健康・栄養研究所のWEB記事によれば、大正9年(1920年)、内務省に国立栄養研究所が設置されたそうです。
村井政善さんは、大正12年まで研究所の調理部長を務めた方(柴田書店のWEB記事より)で、多数の料理関係の書籍を著されています。
また、味の素の良き理解者でもあり、NHKのラジオ番組出演の際に商品名を使えず「化学調味料」と説明した方でもあります(味の素のWEB記事より)。

この書籍を入手できないか、インターネットの古書店を探しました。
大正11年版は国会図書館でもページ欠落がありました。amazon等ネット上の在庫は表紙が欠落しているが中身は読めるというかなりボロボロなもの。
あちこち探した結果、ヤフーオークションで、この書籍の「普及版」(昭和4年(1929年)4月5日発行、昭和4年5月5日再版発行)を入手することができました。
ページ構成はそのままですが、奥付が変わり、発行所は「松雲堂」(大阪市)のみとなっています。

初版の原本は国立国会図書館に存在しますので、ご興味のある方は、「国立国会図書館デジタルコレクション」のページで検索してみてください。

今後も昔の文献や新聞がデジタル化され、検索可能になる等でさらに歴史をさかのぼることができそうです。
私も「いかなごのくぎ煮振興協会事務局長」としてくぎ煮のルーツについて探究を続けたいと思います。