●おっさん達のワールドカップ?へ行ってきました!
2010年7月 2日
●おっさん達のワールドカップ?へ行ってきました!

みなさまこんにちは。
お客様繁盛推進部の山田です。
①このおっさん達のワールドカップ?は年に2回(6月と11月)に御殿場で行われるオーバー40(歳)の大会です。
②土、日(1泊)で計4試合を戦い、優勝を決めます。
③サッカーの試合後、ビールをガブ飲みするための大会です。
④このチームは、立教大学体同連サッカー部のОB、46~49歳のチームです。
⑤参加チームは2人まで30代の人を入れてよいことになっていますので、必ず助っ人として活きの良い30代がいますが、わがチームには1人もいません。
全員が40代後半なので、非常につらいです...
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(3年くらい前に初エントリーしましたが、その時はけが人、病人続出で1日に救急車を3回呼ぶ体たらくでした。ですが、最近では慣れてきたのか皆無事に帰れることが多くなりました。)
※ここで、当時の(28年くらい前!)チームについて説明いたします。
(本当に昔のことで恐縮です。)
立教大学体同連サッカー部は、新関東フットボールリーグの1部リーグに属しており、日々、練習と麻雀と合コンに明け暮れていたチームです。
新関東フットボールリーグは1部と2部に分かれており、1部は9チーム、2部は8チーム×3ブロックで計24チームです。
春、秋にリーグ戦を戦い、1部の下位3チームは2部の3ブロック各優勝チームと過酷なホーム&アウェーの入れ替え戦を戦い、負けると次期から2部に落ちます。
また、1部優勝チームは、日本一?の座を懸けて新関西フットボールリーグの優勝チームとこれもホーム&アウェーで戦います。(関西ではほぼ毎回、同志社)
また当時の1部リーグ所属チームは、立教、早稲田,慶応、上智、青山学院大、明治、法政、日大、成蹊が属しておりました。
(早稲田の稲穂キッカーズには、日本代表チームの現監督・岡田氏も一時所属していました。)
いわゆる体育会ではありませんが、レベル的には当時としては高い水準のリーグだったのです。
わがチームはこのリーグで、創設以来、優勝したこともなければ、入れ替え戦にまわったことも1度もありませんでした。
このことから、慶応のキャプテンから「あいつら、勝たない、負けない、やる気ない。そういう校風なんだな。」と揶揄されたこともありました。
(全くそのとおりなのですが、この軽口により後に慶応は大変な目に合うのです。それはまた別の機会に)
⑥それでは、今回のオーバー40御殿場大会について写真も交えてご報告いたします。(断片的ですがご了承ください。)

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←おじいさんの胸中に去来するものは何か。
実はこのおじいさん、全盛期はカイザー(皇帝)と呼ばれた名選手でした。(宮城県出身)
●最後に。
あと数年で、オーバー40の大会を卒業し、オーバー50の大会にエントリーすることになります。
その時の模様もお伝えしたいものです。
投稿者 伍魚福 : 15:22 | コメント (0) | トラックバック (0) | お客様繁盛係より
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