いかなごの「くぎ煮」資料室

2011年3月18日

JR新神戸駅くぎ煮フェア2011

20110318kugini_fair01.JPG阪神大震災から16年。当時、全国の皆さんからのお見舞いのお礼としていかなごの「くぎ煮」が全国に送られました。
今回の地震では伍魚福から「くぎ煮」を支援物資として送らせていただいています。

毎年恒例となっているJR新神戸駅での「くぎ煮フェア」。
本日18日より22日までの5日間の開催です。
伍魚福では、この特設会場での売上の5%を義援金とさせて頂くこととしました。

20110318kugini_fair02.JPG12日に開催された「第9回いかなごのくぎ煮コンテスト」において「伍魚福賞」に輝いた神戸市長田区の入口茂子さんのレシピを元に商品化した特製くぎ煮も販売しています。
伍魚福オリジナルのくぎ煮よりもかなり甘口となっています。
試食もしていただけます。是非食べ比べをしていただきたいです。

皆さんのお越しをお待ちしています。


投稿者 山中 勧 : 22:00 | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月12日

第9回いかなごのくぎ煮コンテスト

20110312kugini_contest01.JPG東北地方太平洋沖地震で亡くなられた皆さまに深く哀悼の意を表します。また、被災された皆さまには心よりお見舞いを申し上げます。

神戸市長田区の「丸五市場」さんの主催で、「第9回いかなごのくぎ煮コンテスト」が開催されました。
10時から14時までの間、特設会場で応募された8人の方のくぎ煮を試食、皆さんから投票をしていただきます。

最多得票の方が大賞。
また、これとは別に私を審査委員長とする「伍魚福賞」もあります。
伍魚福賞に選ばれた方のレシピを参考に商品化し、毎年限定数量で炊き上げ、商品化をしています。
20110312kugini_contest02.JPG今回は投票箱のとなりに募金箱も設置されました。

今回の地震では津波の恐ろしさに胸が詰まります。
大震災を経験した地元でもあり、参加者からたくさんの募金が集まりました。
主催の丸五市場事業協同組合さんから他のイベントでの募金とともに寄付されます。

参加いただいた皆さまに感謝。
ありがとうございました。


投稿者 山中 勧 : 22:35 | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月16日

第21回地域ブランド研究会での講演

20100416chiiki_brand.jpg本日18:30より「第21回地域ブランド研究会」にて講演をさせて頂きました。

この研究会は、地域ブランド戦略研究所(所長:流通科学大学産業サービス学部濱田恵三教授)が開催されている勉強会で今回で3年目がスタートするそうです。

地域ブランド研究会の会長は、大阪学院大学経営学部の田中道雄教授です。
伍魚福は、この研究会発足当初から山中勉会長、一幡末嗣部長が参加しています。

今回は私がお話をさせていただくこととなりました。

「神戸で一番おもしろい会社」を目指して
~地域ブランドと「家飲み」提案~

約1時間の説明の後、質疑応答1時間。
参加人数は19名。伍魚福からも私以外に会長、一幡部長、佐々木係長、田中リーダー、豊田社員が参加しています。
大学の教員の方が主体で、後は大学院生、行政関係、コンサルタント、デザイナー、新聞記者の方も。

地域の食文化、いかなごの「くぎ煮」。
漁師の家庭料理から始まり、鮮魚店の惣菜として販売されていた「くぎ煮」をパッケージ化し、お土産物として販売したは伍魚福が最初です。
昭和46年に初めて当時の国鉄三ノ宮駅で販売させて頂きました。
まだ新幹線が開通する前のことです。

それ以来、お土産物としてはもちろん、ギフトとして酒問屋さんを通じて全国の酒販店さまに販売いただいたり、40年近く大切に育ててきた商品です。
最近では、新神戸駅でのくぎ煮フェア、地元市場での「くぎ煮コンテスト」、ネット上での「くぎ煮検定」など、さまざまな取組みを行っています。

「行政とのかかわり」の説明では、喜多俊之さんにお世話になった「デザイン・ルネッサンス神戸PROJECT」、「神戸セレクション」の話も。

質疑応答では、くぎ煮の登録商標についての考え方や、伍魚福が今のビジネスモデルに至った経緯、商品開発、ブランド、家飲み、行政の施策の活用など多岐にわたりました。

終了後、場所を変えて近くの居酒屋さんで懇親会。
こちらでも大学の先生方といろんな話をさせて頂きました。

本日の出会いに感謝。
ありがとうございました。


投稿者 山中 勧 : 23:22 | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月19日

JR新神戸駅「くぎ煮フェア」2010

20100319kugini_fair01.jpg本日から23日まで、JR新幹線・新神戸駅で毎年恒例の「くぎ煮フェア」が開催されます。

本日朝から設営し、11時にオープン。
新物のくぎ煮を試食いただきながらの販売です。

伍魚福では数年前から「くぎ煮」のPRのためのイベントを開催しています。
地域の食文化を育てて行きたい。
その思いで年を重ねてまいりました。

20100319kugini_fair02.jpg今年で第8回目となった長田「いかなごのくぎ煮コンテスト」で伍魚福賞を受賞された前田雅子さん(神戸市長田区)のレシピを参考にした商品も限定数量で販売しています。
ちなみにコンテストの最優秀賞は、昨年に引き続き芦屋市の大城貴子さんです。
2連覇おめでとうございます!

前田さんのレシピを参考にした「くぎ煮」を私も試食しましたが、ショウガが効いてとてもおいしかったです。

明日から3連休。
TEAM メンバーが交代で売場に立ちます。
4月から入社予定の内定者の黒田さんにもお手伝いをいただいています。

設営いただいた皆さん、お買い上げいただいたお客さまに感謝。
ありがとうございます。


投稿者 山中 勧 : 23:05 | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年3月13日

長田駒ヶ林「くぎ煮」の昔話・友光喜代子さん92歳

20100313kugini_ms_tomomitsu02.jpg駒ヶ林婦人会、長田区連合婦人会、神戸市婦人団体協議会の会長を約40年なさっておられた友光喜代子(ともみつきよこ)さんです。
現在でも長田区連合婦人会の名誉会長をなさっています。

本日開催された第8回のいかなごのくぎ煮コンテストにお越し頂き、お会いすることが出来ました。
大正7年生まれの92歳。少し足がお悪いそうですが、目も耳もお達者で大変お元気そうです。

「伍魚福さん頑張っておられますね」とおっしゃって頂きました。
平成7年に亡くなった祖母のことも良くご存知でした。

婦人会報の最も古い記録では、昭和55年、友光さんが講師となり、神戸市の各地でいかなごの調理法の講習会をされ、現在のようにくぎ煮が各家庭で炊かれることとなるきっかけを作ってこられた「張本人(ご本人談)」だそうです。

友光さんは長楽小学校(現在の駒ヶ林小学校)に入学され、昭和4年か5年頃、二葉小学校(こちらも統合されて現在は駒ヶ林小学校)の新設でそちらに移られ2回生としてご卒業になったそうです。
友光さんが子供のころから家庭ではいかなごを炊いて食べておられました。
当時は2月、フルセ(親魚)から始まり、節分、そして花見の季節(コナ=シンコ)まで。

友光さんが子供のころですので大正末期から昭和の初めの時点でいかなごを炊いて食べておられたことになります。私が調べた中では最も古い証言です。

昭和12年にご結婚され、4人のお子様をもうけられました。
昭和43年に駒ヶ林婦人会の会長になられ、神戸市の婦人団体協議会の会長も歴任。

友光さんは最も多い時期で100kgのいかなご(炊き上がりで60kg)を炊いておられたそうです。500gずつ分けて100人の方に配っておられたとのこと。
「世間では垂水が発祥というけれど、長田のほうが古いのよ」とおっしゃいます。

私が調べた「滋味風土記」の本のお話もさせて頂きました。
昭和10年に発行されたこの本には、「玉筋魚(いかなご)釘煎」という料理が登場します。駒ヶ林と垂水どちらも掲載されていますので、昭和10年時点ではどちらの地域でもいかなご(いまよりも大きいもの)を炊いておられたようです。
詳しくはこちらのエントリーを参照下さい。

20100313kugini_ms_tomomitsu01.jpgこちらが友光さんが炊かれたフルセ(親魚)の「くぎ煮」です。
コンテストに応募いただき並べさせて頂きました。
懐かしがる方、びっくりされる方・・・。

友光さんからのこの作品についてのコメントです。

「フルセ(大きないかなご)はシンコ(小さないかなご)に比べ、脂もあり焦げやすく炊くのが難しいが、頭の先から尾の先まできれいに炊き上げる。いかなごのくぎ煮は長い伝統があり、長田住民は昔から地元の方々が大切に伝えてきました。昔はまず値段も安く、長持ちする、また栄養も高い庶民の副食として長く伝えられている、長田が誇れる食文化です。」

私も試食させて頂きました。
やわらかく、とてもおいしかったです。
伍魚福の商品本部統括の大橋次長も絶賛。
コンテストの試食では一番に売り切れました。

地域の食文化を大切に守っていきたいですね。
友光さんからは後で私の携帯にお電話を頂きました。
「お話ししていた講習会、昭和55年の会報にありましたよ」
ブログへの掲載も快諾いただきました。
本当に貴重なお話ありがとうございました。

我々も誇りを持って「くぎ煮」を守り、育てていきたいと改めて決意。
地域の皆さんととともに努力を続けてまいります。


投稿者 山中 勧 : 22:47 | コメント (0) | トラックバック (0)

第8回いかなごのくぎ煮コンテスト(2010)

20100313kugini_contest02.jpg春の恒例となっています「いかなごのくぎ煮」コンテスト。
本日神戸市長田区「丸五市場」内の特設会場で開催されました。
となりには三国志の英雄・劉備玄徳の石像が設置されています。

新長田エリアは、昨年できた鉄人28号を始め、地元にゆかりの深い漫画家の横山光輝さんの代表作である三国志をテーマに町おこしをされています。

今年は昨年よりもいかなごも獲れており、炊かれる方が増えています。
11名の方から応募いただきました。

20100313kugini_contest01.jpg今年は初めて男性の方からの応募もありました。

定番のショウガ以外にも、ニンニクを使ったり、ゴマ、山椒、レモンの皮など皆さんのこだわりをひしひしと感じます。
また、フルセ(いかなごの親魚)を炊いた昔懐かしい「くぎ煮」もあり、皆さん驚きの声を上げておられました。

10時から投票開始、定刻の14時まで全ての試食が持たず、投票は少し早めに締め切らせて頂きました。

昨年のコンテスト優勝の大城さん(今年もご応募ありがとうございます)、長田区の婦人会の名誉会長の友光さん(フルセでのご応募ありがとうございます)、神戸市産業振興局農水産課の方にもお立ち寄りいただき、ご挨拶をさせていただくことができました。

友光さんからは貴重なくぎ煮の昔話を伺うことができました。
(詳しくは次のエントリーを参照下さい。)

いろんな出会いがあり、地域の皆さんに支えられて我々も仕事ができるありがたさを改めて感じます。

コンテストではありますが、誰にとってもその家庭の味が本当は一番です。
投票結果はどんな「くぎ煮」が家庭で多いのか、家庭で好まれるのかというひとつの現れといえるでしょう。
結果は近日、くぎ煮.jp他で発表されますのでお楽しみに。

作っていただいた方の気持ちを考えると、どのくぎ煮にもこだわりが感じられ、甲乙つけがたいというのが実感です。
応募いただいた皆さん、試食・投票いただいた皆さん、設営いただいた全ての関係者の皆さまに感謝。
ありがとうございます。


投稿者 山中 勧 : 21:56 | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月14日

第7回いかなごのくぎ煮コンテスト

本日は「第7回いかなごのくぎ煮コンテスト」(主催/丸五市場事業協同組合、後援/長田区役所、協力/株式会社伍魚福・長田区連合婦人会)が開催されました。
朝からの雨にも関わらず神戸市長田区にある丸五市場内の特設会場にはたくさんの人にきていただきました。
いかなごの不漁による品不足と価格高騰で開催できるかどうか心配でしたが、遠くは姫路や芦屋から地元長田の方まで5人の方に応募いただきました。

私も試食させていただきました。
皆さん上手に炊いておられます。

ちょうど本日駒ヶ林まちづくり協議会主催の「駒ヶ林ウォークラリー」も開催されており、その参加者の方も来られていました。

11時から15時までの間に119人の方に投票いただきました。
地元の県会議員の方や、長田区役所のまちづくり課の方にもお立ち寄り頂き、ご挨拶できました。

終了後、コンテストの運営事務局をされている地元のまちづくり会社(株)神戸ながたTMOに移動し、開票。
この写真は開票中の伍魚福・山本雅男常務、佐々木繁係長です。
厳正な審査の結果、最優秀賞は芦屋市の大城貴子さんに決定!
この写真が大城さんの炊かれたくぎ煮です。
山椒、レモンの皮、寒天の粉などを使ったこだわりのレシピです。
おめでとうございます!

今日は大城さんも会場に足を運ばれており、ご挨拶させていただくことができました。
大城さんのレシピは近日「くぎ煮.JP」に掲載予定です。

JR新神戸駅で3月19日から23日まで開催される「いかなごのくぎ煮」フェアには大城さんのレシピを参考にして炊いた特別レシピのくぎ煮が、炊き上がり次第登場します。
是非皆さんお立ち寄り下さい。

本日もたくさんの方との出会いに感謝。
ありがとうございました。


投稿者 山中 勧 : 17:12 | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 2日

くぎ煮検定・朝日新聞(神戸版)に掲載

本日付の朝日新聞の神戸版に「くぎ煮検定で元気を」と題した記事が掲載されました。
メインは神戸市水産会が今年から開催する「神戸いかなごくぎ煮名人認定試験」の記事なのですが、当社が運営するネット上の「くぎ煮検定」についても私のコメントともに記事にしていただきました。
記事はこちらです。
伍魚福のくぎ煮検定はこちらです。

是非ご覧下さい。

地元の食文化としてのいかなごの「くぎ煮」。みんなで大切に育てていきたいですね。


投稿者 山中 勧 : 12:28 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月 1日

「和漢三才図会」の記述から(漢字名:玉筋魚についての考察)

江戸時代の大阪の医師、寺島良安が編集した「和漢三才図会」(わかんさんさいずえ)という本があります。
これは、中国の明の王圻(おうき)という人物がまとめた「三才図会」を下敷きにして作られた日本の百科事典です。約300年前の1712年(正徳2年)頃に出版されました。

この本の第51巻「魚類 江海無鱗魚」に「いかなご」の記述があります。

画像はこちらを参照下さい。
国立国会図書館の近代デジタルライブラリーの該当ページです。

漢文で書かれていますので難しいのですが、以下意訳してみます。
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玉筯魚(いかなご・かますご)

「三才図会」によると、いかなごは胴体は丸く、箸のようである。
少し黒く、鱗はない。両目の点は黒い。菜の花の咲くときには、卵を抱いて太っている。
一般にこれを「菜の花玉筯」という。

調べると、その長さは1~2寸、鱗は無く、白い。背は少し青く「かます」に形に似ている。しかし元々これは別の種類のものである。春の末には腹に卵をもつ。
およそ春分のころ、摂津の一の谷に始まってたくさん獲れる。立夏には、播州の明石の浦の鹿瀬(ししがせ=現在の鹿ノ瀬?)でたくさん獲れる。
夏至の前後、讃州八島及び下関で獲れる(一の谷から次第に西の海に広がる)。その翌日には、取れなくなってしまうのも不思議なことである(盛んに獲れるときには波に逆らって泳いでおり山のようである。ひと網で幾千万尾も獲れて数え切れない)。初春に獲れるものは、長さ3~4寸で、背は青く、腹は白い。これを「旧魚(ふるせ)」という。最盛期には布網でこれを獲る。潮水でこれを煮る(煎る)と脂がたくさん釜に浮いてくる。すくい取って行燈の油にする。鯨や鰯の油と同様である。
煎ったあとの魚は、黄色く、まだ脂がのっている(おいしく、やわらかい。毒はない)。これをあちらこちらに送る。貧しい人々の食物になる。
その広く使われることは鯨や鰯に匹敵する。
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1.いかなごの漢字名「玉筯魚」について
まず注目すべきは「玉筯魚」の「筯」という文字(「竹かんむり」に「助」)です。
これは「箸」のこと。玉でできた箸のような魚という意味ではないかと思われます。現在「筋(すじ)」という文字が使われ「玉筋魚」と表記されていますが、これは似ている字を当てたもの、あるいは誤用されたものが定着してしまったものではないでしょうか。
本来今の文字で言うと「玉箸魚」?
海に筋ができたような・・・という説明に違和感を感じていたのですが、中国の宝石・玉(ぎょく)でできた箸のような魚という方がその見た目から言ってもぴったりだと思いませんか?

2.「煎る」という料理法について
フルセを海水で炊いて灯油をとるという記述があります。このときに使われている言葉は「いる(煎る)」というものです。魚谷常吉の著書に「釘煎」という記述があるということは以前のエントリーでも書きましたが、江戸時代にも「煎る」という言葉が使われていたことに注目したいと思います。
シンコを煎ってくぎのように見えたことから自然に「釘煎」になったのかもしれません。

3.瀬戸内海での魚の移動
最初は春分のころ(2008年は3月20日、以下同じ)摂津の一の谷(須磨?)で獲れ、立夏(5月5日)には播州明石の鹿ノ瀬、夏至(6月21日)に前後には、香川の讃州八島(現在の香川県の屋島)と下関で獲れる。
その翌日には獲れなくなるの記述がありますが、これは夏眠するためでしょうか。
今よりも日にちが遅いのは、漁法の違い(昔は地引網で獲っていたことこともあるようです)、それとも地球が温暖化しているせいでしょうか?

4.その他
大きさは3~6センチ、親魚(ふるせ)は9~12センチ。江戸時代にも親魚は「フルセ」と呼ばれていたのですね。

国立国会図書館のデジタルライブラリーのおかげで家でもこのような調査ができます。
便利な時代です。


投稿者 山中 勧 : 10:12 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月28日

長田活性化研究会(くぎ煮のルーツを説明)

本日は、垂水区にある兵庫県自治研修所での2回目の講演(今回も管理職の方57名が参加されました。内容については前回のブログをご参照ください)の後、長田区に戻り、「長田活性化研究会」に参加しました。

この研究会は、神戸商工会議所西神戸支部が事務局となり、現在は25名の長田区の企業や地元商業者、金融機関の方などが集まって地域振興について議論・情報交換を行うものです。

神戸商工会議所のホームページによるとその目的は下記の通りです。

------------------------以下引用--------------------------

■ 長田活性化研究会
震災後、長田区において再開発事業などのハード整備、商業者等を中心とするソフト事業
が積極的に進められていますが、街の重要な構成要素である企業の視点や関わり方も見落と
せません。
本研究会では、長田区の企業関係者や地元商業者が集まり、企業活動の舞台となっている
長田区の活性化や賑わい創出等について、幅広く議論・情報交換を行っています。

------------------------以上引用--------------------------

今日は、参加者は私を含めて18名でした。
議題は、
1.国民生活金融公庫の地域活性化支援の取り組みについて
2.ホテルサーブ神戸アスタからのお知らせ
3.「新長田まちぐるみ活性化連合(仮称)」の立ち上げについて
4.「ASIAN de NAGATA」事業について
5.その他
ということでした。

今回「その他」のところで少しお時間をいただき、昭和10年発行の書籍・魚谷常吉著「滋味風土記」に書かれたいかなごの「釘煎(くぎいり)」の記述の紹介をさせていただきました(詳細はこちらのエントリーを参照ください)。
くぎ煮のルーツについて、現在の定説(昭和10年の垂水区塩屋の魚屋さんが発祥、昭和30年に垂水の組合長が「くぎ煮」と命名)よりも古いと思われる記述があることを説明しますと皆さん驚かれていました。
昭和10年の時点で生のいかなごを醤油と砂糖で炊きつめた「釘煎」を長田の駒ヶ林の漁業組合か垂水の魚市場に言えば取り寄せられると書いてありますので、昭和10年の時点では長田と垂水どちらでも同じように漁師の料理として確立していたということが言えるのです。

現時点ではどちらが古いとは言えないのですが長田区が「くぎ煮」 発祥の地のひとつであることは間違いありません。
「くぎ煮」はもともと漁師の料理から始まっています。
また、魚を醤油と砂糖で炊くのは料理としても普通のことですので、誰が初めて作ったかということは永遠に結論がでないと考えていますが、町おこしの一つの話題として「長田 VS 垂水」なんて言う取り組みができても面白いねというような意見も頂きました。
また、新長田駅前にできた「ホテルサーブ神戸アスタ」の総支配人さんからもホテルの食材として使っている「くぎ煮」は実は地元長田発祥の食材なんだというアピールももっとやりますという心強いお言葉も頂きました。

2009年春に実施予定の長田の第7回「いかなごのくぎ煮コンテスト」に向けてまた今後もご提案をさせていただこうと考えています。


投稿者 山中 勧 : 22:14 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月15日

昭和10年淡路・三原郡の漁獲高(昭和10年2月21日付神戸新聞)

こちらも神戸新聞から見つけました。

兵庫県三原郡、現在の南あわじ市(淡路島南部)の漁獲高の記事です。

神戸新聞
昭和10年2月21日(木)
第6面

--------以下引用--------------------------

漁獲高五十余万円
三原郡の昨年度分

昨(さく)年中の三原郡各浦(うら)における漁獲(ぎよくわく)高は五十万一千五百八十五円で前年に比(ひ)し三割(わり)の減少(げんせう)であるが沼島(しま)と灘(なだ)村は反対(はんたい)に豊漁(ぎょ)であつた、殊(こと)に復興(ふくこう)を案(あん)じられた沼島(しま)の如きは破壊漁船(はくわいぎよせん)七割(わり)、百五十隻(せき)が復旧(ふくきう)し滞(たい)納整理(せいり)にも大した支障(しせう)がなく順調(じゆんてう)に進(すゝ)んでゐる、なほ同郡漁獲(ぎよくわく)の主なるものは

鯛十万百円、鰮九万五千四百三十六円、イカナゴ九万一千九百六十四円、黒鯛三万二千六百五十五円、鯖一万一千九百十円、ボラ七千百八十八円その他

--------以上引用--------------------------
#旧字体の漢字は新字体に修正しています。カッコ内のふりがなは特記あるものを除き原文にふりがながついたものをそのまま転記しています。

この記事のまとめ
1.昭和9年の淡路、三原郡の漁獲高
  総合計501,585円
  内訳
  鯛 100,100円
  イワシ 95,436円
  イカナゴ 91,964円
  黒鯛 32,656円
  サバ 11,910円
  ボラ  7,188円
2.上記の漁獲高は昭和8年に比べて3割減であること。
3.イカナゴの漁獲高は全体の18.3%を占めていること。
4.何らかの災害で漁船が破壊されたが復旧が進んでいること。

イカナゴが当時から重要な魚であったことがわかります。


投稿者 山中 勧 : 23:59 | コメント (0) | トラックバック (0)

「春の味覚コマシ網」(昭和10年2月28日付神戸新聞)

大倉山にある神戸市立中央図書館では、マイクロフィルムに収められた古い新聞を閲覧することができます。

昭和10年の魚谷常吉さんの著作にいかなごの「釘煎り(くぎいり)」の記述があったので、神戸新聞の昭和10年2月~3月の記事を閲覧して発見しました。
今はパッチ網という船曳網を用いた漁法で行われていますが、当時は船で引っ張らない「コマシ網」を用いていたのでしょうか。

神戸新聞
昭和10年2月28日(木)
第7面

--------以下引用--------------------------

春の味覚「コマシ網」

豊漁の予想を載せて
あすから網下ろしする

内海の春(はる)はシンコ(玉筋魚の稚魚(ちぎょ))から・・・・・・白魚(うお)のやうに楚々たる姿態(したい)を持つて例(れい)年都(と)会人の味覚(みかく)を賑はせるこの玉筋魚のコマシ網(あみ)が愈よ春漁(はるれう)のトップを切(き)つて三月一日から網卸(あみおろ)しが行はれる、県下の最盛(さいせい)地は淡路(あはち)東岸(がん)から神戸須磨(すま)方面(めん)の一帯(たい)だが、今年は大体(たい)豊漁(ぎょ)だらうと見られてゐる、県立水産試験場(さんしけんぜう)の予想(よそう)は斯(か)うだ-
産卵の状態及び水温、比重等から見て豊漁とみられるが反面俗にフルセと呼ばれる親イカナゴがまだまだ(山中註:二回目の「まだ」は原文は「く」のような記号)多く残つてをり親は盛に子イカナゴを食するので此の点が憂慮される、昨月九日試験場が明石海峡西方で調査した際にも親玉筋魚の腹中に大きいものは二十八シリ(山中註:ミリの誤植)から小さいもので十一ミリの子イカナゴが多数に入つてゐたほどである本年は気温が高くイカナゴの成長度が好いので獲れる子イカナゴも例年よりは大きなものが獲れるであらう(写真はコマシ網漁船)

--------以上引用--------------------------
#旧字体の漢字は新字体に修正しています。カッコ内のふりがなは特記あるものを除き原文にふりがながついたものをそのまま転記しています。

上記記事からのまとめ
1.昭和10年時点でもいかなごの稚魚は「シンコ」と呼ばれ、都会人に人気があったこと。
2.当時は「コマシ網」を用いた漁法で行われていたこと。
  ネットで調査しますと、今でも備讃瀬戸(岡山と香川の間の小豆島よりも西の海域)ではイカナゴコマセとして込網(こましあみ)を使って漁がおこなわれているようです。
http://www.pref.kagawa.jp/suisan/html/suisan/gyogugyohou/9.pdf
3.昭和10年のイカナゴ漁の最盛地は淡路東岸から神戸須磨方面の一帯と言われていたこと。
4.昭和10年のイカナゴ漁の網下ろしは3月1日だったこと。
5.当時も県立水産試験場が調査を行い、コメントを出していること。

また時間を見つけて調査を続けたいと思います。


投稿者 山中 勧 : 23:59 | コメント (0) | トラックバック (0)

「滋味風土記」魚谷常吉著(昭和10年11月発行)~「くぎ煮」の名称の由来(私見)

ネット上の古書店から購入しました。
著者の魚谷常吉(明治27年生~昭和39年没)という方は料理人で、神戸で「西魚善」という料亭を経営していた方だそうです。昭和16年に和歌山県で僧籍に入り、宝光寺の住職となられたそうです。
この本は全国のおいしいものを掲載した、今でいえばグルメ本のようなものでしょう。
神戸肉や明石蛸の記述もあります。

「滋味風土記」
昭和10年11月10日印刷
昭和10年11月15日発行
昭和10年12月1日三版発行
定価1円50銭
著者 魚谷常吉
発行者 小野貞
印刷者 本間十三郎
発行所 秋豊園出版部

--------以下引用--------------------------
玉筋魚釘煎

玉筋魚(いかなご)は春から夏一杯の間、明名(山中註:明石の誤植か?)近海より四国にかけて多量に漁れる魚で、形は針魚を小さくした様なもので、大きさも精々三寸位までが旨く、それ以上のものは、余り喜ばれない。味がよいにも拘らず、唯漁獲高が非常に多いのと、腐敗が早いために余り珍重されない。所によつては醤油を造つたり、肥料にしたりする位で、丁度鰯と同じような立場にある気の毒な魚である。一番旨いのは春先の小さい頃に網から上げ未だ活きて躍つているのを、塩茹にして、二杯酢で食ふので、その外、この塩茹にしたものを胡瓜揉と和へて矢張り二杯酢で頂く。飯の菜にする時は、この一度茹でたもの、或は活きたものを網にのせて焼き乍ら、生醤油をつけて頂く。これも相当旨い。然し初夏の候、玉筋魚が大きくなつてから釘煎(くぎいり)にしたものは、玉筋魚料理の中で最も美味のものである。酒によし、飯によく、其の上保存が利くといふのが嬉しい。近頃はオイルサーデンで日本一の名を挙げた明石の水産試験場で、飴煮を試作して、大工場や兵隊などに多量に供して居るが、私は飴煮も結構であるが、釘煎を賞味したい。製法は至つて簡単で、玉筋魚一升に対し生醤油五合砂糖五十匁で煮詰めればよい。要は玉筋魚の生きたのを選ぶだけである。従つてこの死に易い魚を材料とするのであるから、漁場でなければ出来ない料理で、若し入用ならば、兵庫の駒ヶ林の漁業組合か、明石の垂水魚市場へ頼めば送つてくれる筈である。決して商人に頼まず、漁夫の手製のものを求めるやうにせねば、肉の引き締まつた、底味のある本当の釘煎は得られない。
玉筋魚に似たもので、大分県佐賀県にキビナゴといふ魚が饒産する。土地の人は余り顧ず、下層級の食物になつて居るが、これも玉筋魚と同じ方法で、釘煎にすれば相当に旨く頂けるである。土地の人に教へてやつた処、試作して紡績工場へ売り、味もよく、価格が安いので、大変喜ばれ、自分も今迄にない楽な盆節季をしたと、喜んで礼を云はれた事がある。

--------以上引用--------------------------
#旧字体の漢字は新字体に修正しています。カッコ内のふりがなは特記あるものを除き原文にふりがながついたものをそのまま転記しています。

この「滋味風土記」によれば、
1.この本が出版された昭和10年以前にはすでにいかなごの「釘煎(くぎいり)」という漁師の料理が存在したこと。
2.その料理は、活けのいかなごを醤油と砂糖で煮詰めるという製法であったこと。
3.昭和10年の時点で製品としての「釘煎(くぎいり)」を入手したいのであれば、兵庫の駒ヶ林(現在の神戸市長田区)の漁業組合か、明石の垂水魚市場(現在の神戸市垂水区)へ頼むのが良いとされていること。

などが読み取れます。

ここからは「くぎ煮」の名前の由来に関しての私の見解です。

当時漁夫の炊いていた上記の「釘煎(くぎいり)」がいつしか「釘煮(くぎに)」に転化したものだと考えています。
醤油と砂糖で煮詰める=煎る(いる)→煮る(にる)ということでそう呼ぶようになったと考えるのが自然ではないでしょうか。
ネット上では昭和30年ごろに垂水の漁業組合の組合長が「くぎ煮」と命名したという説が流布されていますが、それよりもはるか20年以上前から「釘煎(くぎいり)」と呼ばれていた事実があったということも皆さんに知っていただきたいと考えています。
また、塩屋の魚屋さんがお客さんに頼まれて昭和10年(1935年)に初めて「くぎ煮」にあたるものを作ったという話も有名で、塩屋に「釘煮発祥の地」の石碑も建てられています。
しかしこの本によると、昭和10年にはすでに醤油と砂糖で生のいかなごを炊いた「釘煎(くぎいり)」を長田の駒ヶ林の漁業組合か垂水の魚市場に頼めば送ってくれるという「事実」があるのです。

さらにルーツを探っていきたいと考えています。皆さんからの情報もお待ちしています。


投稿者 山中 勧 : 23:59 | コメント (0) | トラックバック (0)

いかなごの「くぎ煮」資料室の開設

伍魚福はいかなごの「くぎ煮」を商標登録させていただいております。
もともと漁師の料理から家庭料理となっていたものを当社がお土産物として初めて商品化し、神戸のJR三ノ宮駅で発売したことから始まっています。

魚を炊くときに砂糖と醤油、生姜やみりんを用いるのは料理の一般的な手法ですので「くぎ煮」をいつ誰がはじめたかという議論は永遠に結論がでないと思っています。

私も独自に「くぎ煮」の歴史や由来を調べています。
私が調査した資料の中から「いかなご」や「くぎ煮」が登場するものを掲載していきたいと思います。
原則として、文献をそのまま引用させていただき、私のコメントを少し記載させていただく形式となります。
現在ネットで広く流布している定説と異なる事実を示す文献(魚谷常吉著「滋味風土記」、詳しくは次のエントリーを参照下さい)もありました。

「こういう資料があるよ」等の情報もございましたら、是非ご一報いただければと思っています。


投稿者 山中 勧 : 23:52 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月20日

JR新神戸駅「くぎ煮フェア」開催中!

本日3月20日から24日までの5日間、神戸の表玄関、JR新神戸駅にて2年ぶりに「くぎ煮フェア」が開催されています。

期間中は、朝11時から夕方6時半まで、いかなごのくぎ煮をお客様に試食いただきます。

神戸の春の風物詩であるいかなごの「くぎ煮」。
これを全国から神戸に来られるお客様に、また神戸から全国に発たれるお客様に味わっていただきたいとの思いからスタートしたものです。

伍魚福はこのイベントにJR西日本デイリーサービスネットさんとともにスタート当時から協力をさせていただいています。
今回のフェアには、4月から伍魚福に入社する内定者の皆さんにもアルバイトとしてお手伝いを頂いています。

今年のいかなご漁は、明石海峡での事故の影響で厳しいものがあります。

伍魚福は、お土産物としての「くぎ煮」をゼロから育ててきたメーカーとして今後も皆さんに食べていただけるように努力を続けて行きたいと思っています。


投稿者 山中 勧 : 19:54 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年3月15日

第6回いかなごのくぎ煮コンテスト


本日は、毎年恒例の「いかなごのくぎ煮コンテスト」が開催されました。
長田の「丸五市場」内の特設会場で試食と投票が行われました。

このコンテストは今年で6回目となります。伍魚福は第1回目からこのコンテストに協力をさせていただいています。最優秀賞、優秀賞の方への賞品提供と、最優秀の方のレシピを参考にして特製の「くぎ煮」を商品化して限定販売しています。

今回の応募者は11名。オーソドックスな生姜入りのもの、ゴマを入れて炊いたもの、レモンの皮を刻んで入れてさわやかさを出したもの、少し大きめのいかなごをたいたものなどなど、皆さんの自信作が出品されていました。

会場では試食をして投票するとともに、くぎ煮の炊き方などで話が盛り上がっていました。

本日15:00に投票が締め切られ、最優秀賞1点、優秀賞2点が決まります。

今日は山本常務、佐々木リーダーとともに試食に参加してきました。
いろんな家庭の味があります。この食文化をまた次の世代へと受け継いでいきたいですね。


投稿者 山中 勧 : 15:15 | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月19日

くぎ煮検定(神戸新聞神戸版に掲載)

神戸名物のいかなごの「くぎ煮」(登録商標)は伍魚福の看板商品です。
今から30数年前に神戸のキヨスクさん向けに開発して駅の売店で販売させていただいたことから始まっています。
当時は家庭料理のひとつでしたので、くぎ煮をお土産に・・・と提案しても認知されていなかったのですが、何とか神戸の名物にしたいという思いでやってきました。
今年のいかなご漁は漁が始まって以来の不漁。価格も高騰し、非常に厳しい状況ですが、伍魚福としてはなんとか例年通りの数量を炊くことができました。

くぎ煮の認知度をもっと高めるため、くぎ煮専用のサイトを立ち上げています。
その中でくぎ煮についての知識をゲーム感覚で学んでいただこうと考えてつくったのが「くぎ煮検定」です。神戸市立須磨海浜水族園の学芸員をされており、現在は神戸市観光交流課におられる大鹿達弥さんに監修をいただきました。

時期的に少し遅くなりましたので来年のくぎ煮のシーズンまでにもっと充実させてPRしようと思っていたのですが、さすがネットの時代ですね。神戸新聞さんが取材にこられ、本日(5月19日)の神戸新聞朝刊の神戸版に掲載されました。
記事はこちら

質問は全部で20問。いろんな質問がランダムで出てくるようになっています。全問正解で「くぎ煮博士」の認定証(の画像)がもらえます。

是非みなさんも受検してみてください。


投稿者 山中 勧 : 07:49 | コメント (2) | トラックバック (1)

2007年3月14日

朝日新聞(兵庫版)にくぎ煮掲載

いかなごが今年は大不漁で困っています。伍魚福の看板商品なのですが、物理的な量も少なく、浜値も高騰。
そんな中、伍魚福のくぎ煮についての記事が本日の朝日新聞の兵庫版「モノ物語」に掲載されました。

朝日新聞のWEB版にも掲載されました。記事はこちら

反響は大きく、朝から問合せの電話が殺到したそうです。


投稿者 山中 勧 : 23:09 | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月25日

GOGYOFUKU MUSEUM第4号&いかなご漁解禁

珍味情報誌「GOGYOFUKU MUSEUM」の第4号を発刊しました(2月24日)。
春号ですので伍魚福の登録商標である「くぎ煮」特集を掲載しています。
2月23日の試験曳きの結果、今年は28日にいかなご漁が解禁となりました。

今回は28日から開催される2007スーパーマーケットトレードショーから配布させていただきます。これにあわせてEブックも公開させていただきます。


  • 伍魚福ミュージアム最新号

    「MUSEUM」バックナンバーはこちらです。
  • 表紙デザインは、伍魚福のデザイナー村田晴美、記事は副編集長の山下宏光によるものです。是非皆さんご覧下さい。


    投稿者 山中 勧 : 00:03 | コメント (0) | トラックバック (1)

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