雑感

2010年7月24日

セミの抜け殻採集

20100724semi01.JPG梅雨も明けて、いよいよ夏本番。

そろそろセミのシーズンです。
この写真は、セミの抜け殻です。

自宅近くの斜面の木のあちこちに、こんなセミの抜け殻がたくさんくっついています。

次男の瞭(7歳・小学校1年)によると、アブラゼミのものだそうです。
確かに近くにアブラゼミのメスらしいものがいました。

木が伐採されたせいか、あまり近くで鳴いている声はしません。

20100724semi02.JPG近くには、こんな穴も。
たぶんセミの幼虫が出てきた穴だと思われます。

アブラゼミの幼虫は、6年間土の中で暮らすそうです。
メスが朽木等に卵を産み、翌年の梅雨ごろ孵化した幼虫が表に出てくるそうです。
そこで一度目の脱皮をし、土の中にもぐって成長します。

土の中で木の根から樹液を吸って成長し、4回の脱皮を行い、6年間。

さなぎにならずに幼虫からすぐに成虫になるそうです(不完全変態)。
成虫になってからは約1カ月の寿命と言われています。
(ウィキペディアより)

20100724semi03.JPG瞭は7歳。

今年成虫になったアブラゼミは瞭が生まれたころに産卵されたという計算になります。
アブラゼミと同級生!
本当に自然は偉大ですね。

瞭は抜け殻をたくさん拾い、玄関の植木にくっつけて家族を驚かせています(笑)。

神戸には自然もいっぱい残されています。


投稿者 山中 勧 : 19:17 | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年6月26日

"Our Team" (2010 FIFA ワールドカップ 南アフリカ大会)

201004team_gogyofuku.jpg日本代表が16強。
日本全国が盛り上がっていましたが、私も昨日は朝、夜とニュースに釘付けでした。

中でも岡田武史監督のコメントに感動。

「我々には、他のチームにない力がある。サポート陣を含めた27人が一つになれる。サッカーがチームスポーツであることを証明できた」(毎日新聞)

長谷部選手も控えの選手に対する感謝を口にしていました。

読売新聞によると、岡田監督はチーム哲学として"Our Team" を掲げておられるそうです。
日本代表メンバーも、それぞれの自分の所属チームがあり、そこでは中心選手です。
代表チームは自己主張のぶつかり合いになりやすい。そこで日本代表チームを自分のチームだと思ってもらおうという気持ちがこもった言葉です。

いろんな報道がなされていますので多くは書きませんが、控えのメンバーも含めてひとつのチームとなっていることが、テレビの画面を通じても感じられます。

伍魚福も「TEAM GOGYOFUKU」という言葉を使い始めて4年余り。

私が社長になったとき、何故TEAM GOGYOFUKUと言ったのか。
それはひとつのチームになれていないと感じていたからです。

「レンタカーは洗わない」という話もします。
それは、会社のこと、経営計画のこと、チャレンジシート(個人の年間計画)・ランクアップノートに書いてあることを「自分の車」だと思ってもらいたいからです。

社内にはそれぞれの役割を担う4つの本部と9つの部・室、その中に各グループ・チームがあります。

冒頭の写真は、GOGYOFUKU MUSEUMの4月号に掲載したTEAMメンバーの写真です。
ここには写っていませんが、新入社員の黒田さん、パートの皆さん、アルバイトの皆さん。
各メンバーを支えていただいているご家族。
商品を造っていただいている協力工場、協力会社の全ての方。

全員が大切なTEAM GOGYOFUKUのメンバーです。
全員がひとつのTEAM GOGYOFUKUとなり、Our Team=自分のチームと考えてお客様のお役に立ちたい。

その先には、伍魚福の最初のお客様である問屋さん、小売店の皆さんがおられます。
皆さんのご協力があって初めて最終のお客さまである消費者の皆さんに売場で見つけていただき、お買い上げいただき、食べていただくことができます。

TEAMメンバー一丸となって全てのお客様のお役に立つよう、努力を続けていきましょう。

改めて素晴らしいチームの姿を見せていただいた岡田監督、サムライジャパンの皆さんに感謝。
次のパラグアイ戦も素晴らしい試合となることは間違いありません。
遠く日本の神戸から応援しています。


投稿者 山中 勧 : 18:24 | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年1月17日

佐渡裕さんと子供たちに感激!震災15年「長田元気アップコンサート」

20100117nagata01.jpg阪神・淡路大震災から丸15年。
テレビや新聞ではたくさんの特集番組、特集記事などが組まれています。
私自身は過去の記事にも書きましたが、震災当時は堺に住んでいましたので、実際の大震災を体験した訳ではありません。
ただ、この震災をきっかけとして伍魚福に入社し、伍魚福で働くことを通じて少しでも地域社会の役に立てないかと考えるようになりました。
人生の中でも大変大きな転機であったことは間違いありません。

今日は神戸市立駒ヶ林中学校で開催された阪神・淡路大震災15周年「長田元気アップコンサート」を聴きに出かけました。
平成17年に開催された「ありがとう長田っ子コンサート」から5年。
15年の節目の年に、神戸の街がさらに元気になることを願い、「元気」をテーマとして開催されました。

出演は、
兵庫芸術文化センター管弦楽団ホルン四重奏
みすまる保育園あじさい組(合唱・鼓笛演奏)
兵庫県立長田高等学校音楽部(合唱)
兵庫県立長田高等学校吹奏楽部
神戸市立長田中学校吹奏楽部
神戸市立駒ヶ林中学校吹奏楽部

そしてゲストは、
歌手の高石ともやさん、
五木ひろしさん、
指揮者の佐渡裕さん
の3名です。

どの演奏も皆さん一生懸命。素晴らしかったです。

中でも佐渡裕さんの指揮による3校(長田高、長田中、駒ヶ林中)吹奏楽部合同演奏は圧巻。
佐渡さんが聴衆を前に、「少し練習させてください」。
初めて会うメンバーとその場で練習が始まりました。

曲目は「アフリカンシンフォニー」。
一匹の動物としての「人間」。その動物としての「野性」的なところを音楽に表現しよう。
1回1回で消えていってしまう「音楽」。1回1回を大事にしよう。
出だしは・・・。
メロディラインは・・・。
楽器の種類ごとに分かりやすく、的確な指導をされています。
その佐渡さんの姿と、実際にそれに応えて子供たちの音が本当に変わるのに感激。

ほんの10分程度の練習で全然違う吹奏楽団に生まれ変わりました。
これは決して大げさな表現ではありません。

一日練習すればもっと変わるよ。
そうおっしゃって本番へ。

今まで音楽を聴いてこんなに驚き、感激したことはありません。
演奏後の会場は今日一番大きな拍手でつつまれました。

会社の経営も「指揮」にたとえられることがあります。
指揮者の役割とは。
目の前で素晴らしい見本を見せていただき、私も大きな「元気」をもらいました。

主催いただいた「阪神・淡路大震災15周年長田元気アップコンサート実行委員会」の皆さん、素晴らしい演奏を聞かせてくれた子供たち、ゲストの皆さんに感謝。
ありがとうございました。


投稿者 山中 勧 : 17:31 | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年1月 1日

あけましておめでとうございます(2010初詣・雑煮)

20100101ikoma01.jpg新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

恒例の生駒聖天さんへの初詣です。
6時に家族7名で出発。
電車を乗り継ぎ8時過ぎに生駒へ。

参道での舜(14歳)と瞭(6歳)です。
20100101ikoma02.jpgこの写真の右が本堂、左が聖天さんです。

昨年も書きましたが、生駒山宝山寺は真言律宗の「寺」です。
鎮守神として「歓喜天」(聖天)を祀ってあり、商売の神様として古くから人気があるそうです。
聖天さん以外にも、学問の神様や、健康の神様などあらゆる神様がおられます。

日本人の宗教観を象徴するような場所といえるかもしれません。

20100101ikoma04.jpg
いつものように順番にお参りです。

地蔵堂、本堂、聖天さん、初代社長の山中直次郎ゆかりの千手観音、大師堂、奥の院、白龍弁財天さん、大黒天さん、開山廟(開祖の湛海和尚の墓)。

奥の院への階段の脇には、このようにお地蔵さまがたくさん並んでいます。

20100101ikoma03.jpg
瞭と舜は、順番にお賽銭を供えながら歩きます。

時には背伸びして・・・。

おみくじを引きました。
第11番「大吉」。

例年誰かが凶を引くのですが、今年は全員が吉のついたおみくじでした。

良い年にしたいですね。

20100101zashiki.jpg会社に寄って年賀状をとり帰宅。

帰宅後は会長宅のお座敷で雑煮を祝いました。
いつもと同じお正月を祝える幸せに感謝。

こうやって休ませていただいている間も、伍魚福の商品を売っていただいているお店があり、交代で商品を出荷してくれているTEAM GOGYOFUKUメンバーがいます。

伍魚福を支えていただいている全ての皆さんに感謝。
ありがとうございます。

今年も良いチームとなれるよう、全員の力を結集して頑張ります。
よろしくお願いします。


投稿者 山中 勧 : 22:02 | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月11日

あじさいコンサートと大倉山公園

今日は「第4回あじさいコンサート~未来(あした)へ~」が神戸・大倉山の神戸文化ホール(大ホール)で開催されました。
「あじさいコンサート」は、阪神・淡路大震災から1年が過ぎた平成8年(1996年)1月、全国各地から寄せられた支援に対して感謝の気持ちを伝えようと「感謝コンサート『あじさいを咲かそう』」を開いたのが始まりです。
翌年から「震災からの心の復興」をテーマに、「あじさいコンサート」と名称を変え、広く市民から参加希望者を募り実施されました。
4年前、10周年の節目を迎えたのを機に、あじさいコンサートの名称の後に「~未来(あした)へ~」という言葉を加え、コンサートのテーマを「震災からの心の復興」から一歩進めて「未来へ向けての神戸からの文化の発信」とし、再スタートして今年が通算では13回目。
神戸を中心として活躍する合唱・合奏団体が出演します。
今年は12団体の参加ですが、その中に母校の音楽部が出演するということで聴きに出かけました。
家内と次男の瞭との3人です。
母校の演奏を聴いた後、瞭と私は途中で退席し、大倉山公園を散策。
神戸文化ホール自体が大倉山公園の中にあります。

大倉山公園は、元々大倉財閥の創始者、大倉喜八郎の別荘があったところです。
大倉財閥は明治・大正期に拡大しましたが、第二次世界大戦後の財閥解体で解散しました。
これを源流とする企業としては、大成建設帝国ホテルホテルオークラあいおい損保日清オイリオ東海パルプサッポロビールリーガルコーポレーションなどがあり、現在も存在感を示しています。

大倉喜八郎と親交のあった伊藤博文(初代の兵庫県知事で内閣総理大臣)がこの神戸の別荘をよく利用していたそうです。
伊藤博文が明治42年(1909年)ハルピンで暗殺された後、大倉喜八郎がこれを悼んで銅像を建て、市民に開放することを条件にこの別荘を神戸市に寄付しました。
明治44年10月に銅像が建てられ、「大倉山公園」として開園しました。
銅像は第二次世界大戦中に供出されて今はなく、巨大な台座だけが残されています。

この公園の中には、「ふるさとの森」という、35県のお国自慢の木を植えた庭園があり、各県人会の皆さんが立てた石碑などがたくさんあります。

こちらは、静岡県人会が創立100周年を記念して建てた富士山型の石碑です。さすが富士山はインパクトがあります。
遊びに来ていた外国人の家族もここで記念撮影をしていました。

大分県の森には、大分・中津藩出身の福沢諭吉の石碑もあります。
「独立自尊 天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」
と書いてあります。懐かしい・・・。

敷地内には、野球場、児童公園、中央図書館、中央体育館、神戸文化ホールなどいろんな公共施設が建てられており、たくさんの市民に利用されています。

市街地の真ん中にあるとは思えない意外と静かな空間です。
季節季節にいろんな花が咲き、花の名所になっているそうです。


投稿者 山中 勧 : 17:30 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月16日

伍魚福ゴルフ会(社内コンペ)

今日は秋の伍魚福社内コンペでした。
いつもと同じ「西神戸ゴルフ場」で朝7時スタートでした。
前回に引き続き今日も雨。前半は結構強い雨もありましたが、後半は雨も上がり、晴れ間も見えてくるような天気でした。

この集合写真は、後半スタート前のものです。
参加者は10名。今日も楽しいゴルフとなりました。

スコアについてはノーコメント(笑)ですが、なんと、優勝してしまいました。
珍しくバーディも1つ取れました。

幹事の佐々木リーダーから優勝賞品をもらっている写真です。

こちらはドラコンとニアピンの表彰の写真です。
片岡部長と高井さん(FCS)が一つずつ獲得されました。

本日の順位は以下の通りです(敬称略)。

優勝 山中 勧
2位 高井孝志(FCS)
3位 関 行雄(お客様繁盛推進部・係長・近畿チームリーダー)
4位 小園嘉久(FCS)
5位 藤原英樹(お客様繁盛推進部・課長・東日本G統括リーダー)
6位 片岡一治(品質保証部・部長)
7位 山本雅男(常務取締役)
8位 佐々木繁(お客様サービス部・情報システムチームリーダー)
9位 加茂田勝(お客様繁盛推進部・課長・中日本・九州・卸通販G統括リーダー)
10位 佐藤文彦(お客様サービス部・生産管理チーム)

ドラコン IN 高井さん OUT 片岡部長
ニアピン IN 高井さん OUT 片岡部長

楽しいゴルフでした。ありがとうございました!


投稿者 山中 勧 : 15:49 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月27日

鉄拐山から旗振山、須磨浦山上遊園、鉢伏山

おらが山を後にして、ウバメガシの林の中の道へ。

ウバメガシは九州、四国、本州伊豆半島までの海岸のごく近くにだけ自生する常緑広葉樹。
もし、内陸部でこの木が見つかると昔はその付近まで海岸が入り込んでいた証になるそうです。
この木で焼いた炭が「備長炭」になります。

男3人で記念撮影。
夏でも涼しいそうです。途中にはきのこが生えているところもありました。

源平合戦の一ノ谷の戦いがあったのはこの近くだと言われています。

鉄拐山を超え、旗振山へ。
旗振山の茶屋の前での一枚。
摂津の国と播磨の国の国境です。
今は神戸市須磨区と垂水区の境だそうです。
後ろには瀬戸内海。フェリーが通っているのが見えます。

なんで旗振山というかというと・・・。旗を振った山だからです。
江戸時代中期から、大正時代まで、大阪堂島の米相場を畳一畳大の旗を使って加古川・岡山方面へ伝達した中継場所だったそうです。

そこから5分ほどで「須磨浦山上遊園」へ到着。

絶景です。
これはサイクルモノレール。ひとり200円也。

山上遊園の噴水の近くで少し休憩。
子供たちはかき氷を食べました。

われわれが子供のころには「ドレミファ噴水パレス」という施設があり、音楽に合わせて噴水が吹き出る仕掛けがありました。

今はシンプルな噴水と、売店、バーベキューテラスなどがあります。

旗振山から鉢伏山まではリフトに乗って移動。

「はりま」駅から「せっつ」駅へ。
リフトの下にも国境のラインが書いてありました。

鉢伏山上からは日本でもここしかないといわれている「カーレーター」で下ります。
二人乗りの乗り物がベルトコンベアのようなものに乗って動きます。

ステーション(降り場)近くのガタガタという振動が何とも微妙です(笑)。

ネットで調べてびっくり。
昭和41年3月18日開通!私と全く同じ誕生日です。なんと42歳!!!
頑張って元気に運転を続けてほしい・・・。
全長91m 勾配25度 輸送能力片道毎時760人。
2人乗り椅子35台。
そしてロープウェイの乗り場へ到着。

こちらは昭和32年9月18日開通。
全長464m 毎秒速度2.5m 所要時間3分15秒。
客車定員30名。

このゴンドラは平成19年の三菱重工製。
まだピカピカの新車です。
ロープウェイからの景色も最高です。
この砂浜は須磨海水浴場です。

夜景も素晴らしいそうです。
夜景はこちら
今年は地元の方の努力で期間限定でロープウェイの夜間運転も実施されました。

ロープウェイを降りて須磨浦公園を東へ600mほど散策。
須磨一ノ谷のバス停から妙法寺駅行きの市バスに乗って帰途につきました。

約5時間。本日の歩数は11453歩。良い運動になりました。


投稿者 山中 勧 : 22:03 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月 6日

メタボリックシンドローム予防の保健指導

国の施策により、本年4月より40歳以上の被保険者・被扶養者に対して、メタボリックシンドロームに着目した生活習慣病予防のための健診・保健指導が実施されることとなりました。

詳しくは厚生労働省のページをご参照下さい。

伍魚福でも今年5月に実施した社内の健康診断に基づく保健指導が本日実施されました。

私の検診結果はメタボリックシンドロームを予防するための「動機づけ支援」レベル。
いわゆる「メタボ予備軍」という位置付けです(とほほ)。

ちなみに、国が決めたレベルには、
「積極的支援レベル」(メタボリックシンドローム)
「動機づけ支援レベル」(メタボリックシンドローム予備軍)
「情報提供レベル」(メタボリックシンドロームではない)
の3段階となっています。

保健師の方に来ていただき、個別に面談を行い、健康診断結果をふまえての指導を受けました。
保健師の方との話し合いの下、健康づくりのための目標と具体策を作りました。

写真に写っている左側の紙がその用紙です。私が指導を受けて作った目標が記載されています。

------------------------以下記入内容------------------------
★半年間の目標とその具体策

目標:
体重75kgにする

目標達成の具体策:
1.夕食の量をへらす
2.ゆっくり食べる
3.6000歩以上歩く(最低4000歩以上)

★半年間の流れ

初回面接:20年8月6日
(今日お会いして一緒に目標を決めました。今日から半年間一緒に頑張りましょう。)

6ヵ月後:21年2月5日頃
(こちらから目標実践状況のアンケートをお送りします。その後の体重・腹囲・生活状況の変化などを教えてください。お返事させていただきます。)

------------------------以上記入内容------------------------

確かにこれは「動機づけ」になると思います。
「半年間の目標とその具体策」には少し驚きました。

良い報告ができるようにします。乞うご期待!


投稿者 山中 勧 : 23:56 | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年6月28日

美術べっこう飴「八尾商店」

須磨の大丸百貨店で人だかりができているのを見つけて覗いてみました。

べっこう飴でできたマンガのキャラクターや似顔絵、立体的な龍や七福神の乗った宝船・・・。
飴細工なのに立体的でびっくり。
「美術べっ甲飴」という名前の通りまさしく芸術的です。

乾燥剤を替えれば1年以上保存できるそうです。

大阪の八尾にある「八尾商店」の二代目龍昇(本名:笹本晋平)さんです。

瞭(5歳)のリクエストで「ゴーオンレッド」(皆さんご存知ですか?)を作ってもらいました。
見本の写真や絵があれば何でも作ってもらえます。

#写真撮影とブログ掲載についてはご本人から許可をいただきました。ありがとうございます。

初代龍昇さん(お父さん)のあとを継いで弟さんとともに商売をされています。
全国の百貨店やショッピングセンターを回っておられるそうで、年間300日位出張とか!

出来上がった作品をみてびっくり。
作っている過程を見るのがまた楽しい。
作ってもらいながらの会話も楽しい。
子供も大人も興味津々です。

瞭は持って帰って早速テレビボードの上に飾っています。
そして兄や姉に自慢。
これも楽しい。

正真正銘のエンターテイニングフードですね。

伍魚福も思わず人に話したくなる、楽しい、おもてなしの食品をどんどん提供していきたいと思います。
エンターテイニングフードは奥が深い・・・。頑張らねば。


投稿者 山中 勧 : 15:44 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月22日

伍魚福社内ゴルフコンペ


本日、伍魚福社内ゴルフコンペが神戸市西区の西神戸ゴルフ場で開催されました。

この写真は、始球式のボールを打つ山中会長です。

優勝の藤原課長です。

午前中は雨、途中から曇となりましたが、最終ホールにはまた滝のような雨。
ずぶ濡れになりながらも楽しいゴルフとなりました。

本コースデビューの廣田課長、佐々木リーダー、佐藤くんもたくさんボールを無くしながらも頑張りました。

順位は次の通りです。

優勝 藤原 英樹(お客様繁盛推進部・課長・東日本G統括リーダー)
2位 片岡 一治(品質保証部・部長)
3位 関 行雄(お客様繁盛推進部・係長・近畿チームリーダー)
4位 大橋 弘樹(商品部・課長・商品部統括リーダー)
5位 山中 勧
6位 山中 勉(会長)
7位 佐藤 文彦(お客様サービス部・生産管理チーム)
8位 佐々木 繁(お客様サービス部・情報システムチームリーダー)
9位 廣田 栄太郎(お客様繁盛推進部・課長・近畿・中四国グループ統括リーダー)

ドラコン IN 大橋課長 OUT 片岡部長
ニアピン IN 片岡部長 OUT 山中会長

お疲れ様でした!


投稿者 山中 勧 : 20:20 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月15日

地震からの復興(岩手・宮城内陸地震に思う)

本日、長男の舜(中学1年)の陸上の須磨区大会の応援で総合運動公園を訪れました。
帰途見つけたのがこの石碑です。

御製

大いなる
地震ゆりしより
十年余り
立ち直りし町に
国体開く

<読み>
おおいなる
なゐゆりしより
ととせまり
たちなおりしまちに
こくたいひらく

平成18年秋に兵庫県で開催された第61回国民体育大会「のじぎく国体」に天皇陛下が来られた際に詠まれた歌だそうです。
解説の書かれた石碑も隣にありました。

震災後、電車が開通したとき、阪神高速道路が開通したときのうれしさ。
阪神淡路大震災から復興し、国体を開くことができるありがたさ。

普通の生活ができることのありがたさ。

だんだん慣れてしまい、当たり前のことのように思いがちです。

「天災は忘れたころにやってくる」といいますが、最近は忘れる間もなくいろんな天変地異が起こります。
「忘れるな」という天の声なのかもしれません。

岩手・宮城内陸地震で被害に遭われた皆さんには心よりお見舞いを申し上げるとともに、一日も早い復興を祈念しております。


投稿者 山中 勧 : 17:43 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月14日

神戸市立王子動物園

今日は舜(小6)、瞭(4歳)と家内とで王子動物園に出かけました。
http://ojizoo.jp/
上の子供たちがまだ小さかった頃はよく行っていたのですが、最近はとんとご無沙汰していました。
いつの間にか小学生以下は無料になっていました。

今日一番驚いたのはカバです。
まず、カバの展示建物がとてもきれいになっていてびっくり。
立って歩いていてその大きさにびっくり。
そして水に入ってもぐったり、大きく口を開けたりしてまたびっくり。

この写真は「出目男」だと思われます。ほんとに大きかったです。旭川の旭山動物園から2003年に引っ越してきた「ナミコ」は部屋の中にいた方だと思います。
#どなたか詳しい方教えてください。

昔はただ水にもぐっているだけであまり面白くなかったような記憶があります。
見慣れた動物のはずなのですが、展示の仕方で見え方が大きく変わりますね。

王子動物園では昨年10月21日、日本で初めてのインドゾウのオスの赤ちゃんが生まれたそうです。公募により名前がつけられたのが「オウジ」。今日も見学に長い列ができていました。
話題性ではハンカチ王子やハニカミ王子にちょっと負けていたかもしれません(笑)が、こちらは昔から王子動物園ですので本家本元でしょう。
食堂が「カレー王子」に改装されていたのにはちょっと驚きました。

また、昨年より企業サポーター制度が発足しており、地元企業中心に寄付をつのり、動物園を支えていこうというものです。動物病院や学校法人などの表示板も立っていました。


こちらはアムールヒョウです。窓から見ていたらこちらを振り返ってくれました。
獲物だと思われたかもしれません。


王子動物園内に展示されている「D51211号」の前での一枚です。
設置された碑の銘板によれば、昭和13年10月13日に神戸市須磨区の国鉄鷹取工場で新製第一号機として製造され、西日本の主要幹線で活躍、昭和46年までに180万キロを走破したものだそうです。

いまは鷹取工場もなくなってしまいました。歴史を感じますね。


投稿者 山中 勧 : 17:49 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月13日

とんど焼き


毎年1月15日に「とんど焼き」を行います。

かつては15日が成人の日でお休みでしたのでその日に行っていました。今年はほかの予定との兼ね合いもあり、一足早く本日行いました。

自宅玄関、勝手口、車、瞭の自転車(笑)などに飾っていたしめ飾りと万里子、舜の習字などを燃やしました。風も少しありましたがきれいに燃えてすべて灰に・・・。

子供達は学校でゴミの分別の勉強をしているせいか、針金やプラスティックを外したりしてくれました。

万里子と舜とで門や玄関のところに灰を置き、道具を片づけて無事終了。

私自身がとんど焼きをしたのは久しぶりです。
この記事を書くにあたってWEBで調べてみましたが、地域によってさまざまな呼び方があるのですね。左義長(さぎちょう)、どんど焼き、どんと・・・。

子供のころからこれが終わると正月も終わりだなぁと実感します。


投稿者 山中 勧 : 16:55 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月 1日

今年のかしら芋とおせち料理


今年のかしら芋です。これは私のお膳についていたものです。いつもよりも大きくてびっくりしました。

今年も我が家は例年通り6時出発で奈良県の生駒山へ初詣に出かけました。雪が心配でしたが天気は晴れ。いつもよりも文殊堂(学問の神様)で時間をかけて拝みました。

おみくじは吉。

その後、帰ってきてからお雑煮を祝いました。

年末から家内と母で準備したお煮しめやにらみ鯛など。これもいつもと同じ風景です。

かしら芋と格闘中の瞭(4歳)です。早起きしてお腹がすいていたらしくたくさん食べました。

こちらは舜(12歳)です。今年中学生になります。

今年もいつもと同じお正月を迎えられる幸せに感謝。


投稿者 山中 勧 : 23:08 | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月29日

酬恩庵一休寺(京都府京田辺市)にて


今日は朝7時出発で家族7名(我が家5名+会長夫妻)そろって京都へ墓参に出かけました。
京都の宇治田原町にある父方の先祖のお墓へ参ったあと京田辺市にある母方の先祖のお墓へ。

そのあと母が子供のころ遊び場にしていたという「一休寺」(京田辺市薪里ノ内、昔は薪村といったそうです)を訪れました。この写真は本堂を門の外から撮ったものです。

私も子供のころ行った覚えがあります。たぶん30年以上前になるのでしょう。
一休さんはテレビの漫画でも有名です。最近その主題歌がリバイバルされてたまにラジオで流れています。

酬恩庵一休寺は元の名は妙勝寺といい鎌倉時代に建立されたそうです。1455年~56年に開祖の6代目のお弟子さんだった一休禅師が再建してその晩年をすごされた場所です。

一休さんといえば、とんちが有名です。これにちなんだ橋も境内にあります。

後小松天皇のご落胤として1394年に生まれ、6歳で出家し、25歳のときに「一休」の号を授かったそうです。63歳でこの薪村に酬恩庵を結び、74歳では応仁の乱を経験、81歳で京都の大徳寺の住持となり再建に尽くし、88歳でここ酬恩庵一休寺で亡くなりました。

臨済宗の高僧でありながら、詩や狂歌、書画に通じ、奇行を重ね「風狂の人」といわれた一休はそのイメージから民衆文化の中でとんちの一休さんとして親しまれていったのです。

実際には漫遊していない水戸黄門さんの漫遊記が書かれたりしたのと同じような経緯ですね。

境内にある一休さんのお墓は「宗純王」(皇子)の墓として宮内庁が管理しています。

墓参りをするといつも思うのですが、今こうやって存在していることがいかにすごいことか。今生きている人類のすべてが、何百万年前から親から子へ、親から子へ、と命をつないできたのです。当たり前すぎて普段意識することはありませんが、どこかで途切れていたら自分自身の存在はないのです。

我々もまた親として子へ、そして孫へ・・・。大切な命を受け継いでいかねばならないですね。


投稿者 山中 勧 : 19:53 | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年7月17日

阪神大震災のこと

新潟県中越沖地震により被災された皆様には心よりお見舞いを申し上げます。一日も早い復旧・復興を祈念いたします。

地震の報を聞き、思い出されるのはやはり阪神大震災のことです。

私は1995年当時伊藤忠商事(大阪本社)のレディスインナー課に勤務しており、堺市東上野芝町の社宅の3階に住んでいました。
私は結婚5年目の28歳。長女の万里子は2歳。家内(29歳)は第2子を身ごもっていました。

家内も私もインフルエンザにかかって熱を出し、実家の母に手伝いに来てもらっていました。

1995年1月17日午前5時46分。
突然の揺れで目が覚めました。食器棚の中のワイングラスがいくつか割れました。
揺れがおさまってすぐにNHKニュースをつけました。近畿の地図が映し出され、堺市の震度は4。不思議なことに神戸周辺は震度が表示されていません。
「神戸が震源地や!」
そう直感してすぐに実家(神戸市須磨区)に電話しました。
呼び出し音は鳴るものの出ません。後で聞いたところによると庭に避難していたそうです。

今度は家内の実家(神戸市須磨区)に電話。義父が電話に出てとりあえずの無事を確認できました。
家の中はめちゃくちゃだけど命に別条はないとのこと。

それからしばらくすると受話器を上げたとたんに「ツーツーツー」という話中音のみで電話をかけることができなくなりました。

熱があるのも忘れてTVのニュースを見ていると阪神高速道路は倒壊、火事も広がりつつあります。
午後から枚方市在住の伯父と連絡がつきました。公衆電話経由ならつながりやすいと教えてもらい、近くの公衆電話から実家に電話したところようやく父とつながり、無事を確認。

その夜も延焼は広がり、伍魚福のある長田区の地名がたくさんニュース速報で流れます。道路地図を車から持ってきて、延焼した地名を鉛筆でなぞって一夜を過ごしました。
被害の甚大さに愕然。長田区の大正筋商店街など子供のころの懐かしい場所はほとんどが焼けてしまいました。私の通っていた鷹取幼稚園は被災者の基地となりました(のちにペーパードームで有名になりました)。

母は翌々日、福知山線など、動いている電車を乗り継いで何時間もかけて神戸へ帰って行きました。

神戸を訪れたのは数日後のことでした。伊藤忠商事提供のカセットコンロなどの支援物資、お世話になっていた染工場にいただいたポリタンクなどを車に積んで、三田、有馬経由の長い道のりを超えてまずはお得意先のシャルレさんへ。神戸市須磨区弥栄台にあるシャルレさんのエリアでは水道も生きており、ポリタンクは大変喜んでいただきました。

そこで私もポリタンクに水を入れさせていただいて、車で10分程度の実家へ。実家は少しひびが入った程度の被害でした。が、南へ下っていくにつれてたくさんの家が壊れて信じられない光景が・・・。

地震発生以来、思い悩んでいたことに結論を出したのは約半月後のことでした。
月曜日の朝の会議(課会)の後、課長に残ってもらい、父が神戸の長田で商売をやっていること、伊藤忠商事を退職し、伍魚福に入社しようと考えていることを伝えました。

大学卒業後の進路については「好きなようにしたらいい」との父の言葉もあり、1988年伊藤忠商事に入社しました。東京の法務部に配属となり、2年半。結婚と同時に大阪に転勤となり大阪法務審査部。そして無理を言って営業に変えてもらいアパレル部門へ。正式に営業担当となり、これから会社に恩返しをしなければという矢先の退職には大変心苦しいものがありました。
急な退職で後任の方の異動、引き継ぎなど同僚、上司の皆さんには大変ご迷惑をおかけしましたが、4月末日付で円満に退職をさせていただきました。
伍魚福へは2月の土曜日の経営計画発表会で挨拶をしたのち、4月より伊藤忠商事のお休みをいただいた日に出勤。5月1日より正式に入社しました。

5月20日には長男の舜が誕生。
6月21日には伍魚福入社と男児誕生を大変喜んでくれた祖母(会長)ががんのため逝去。
社葬を行い、たくさんの協力工場、協力会社、関係者の皆さんに弔問に訪れていただきました。祖母が皆さんに私の入社を紹介してくれたのだと思っています。

人生にはいろんな転機があります。
今回の震災が転機になる方も大勢おられることと思います。
被災された皆さんの心中はいかばかりかと思いますが、前向きに、明るく、力を合わせて努力すれば、復興も意外と早いのではないかと思っています。


投稿者 山中 勧 : 01:13 | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月 3日

高取山(たかとりさん)登山

本日は家内と舜(小6)、瞭(3歳)の4人で近くの「高取山」へ登りました。

六甲山系の山のひとつで、標高328m。六甲全山縦走のコースでもあります。
高取山は子供のころからなじみの深い山です。父と登った記憶もあります。

高校の裏山だったせいもあり、高校の剣道部時代はトレーニングのために走って登ったりもしました。
大学に入ってからも高校の剣道部の友人と集まって初日の出を拝みに行ったりもしました。

最近はもっぱら家族とともに登っています。3歳の瞭も今回で3回目の登頂です。自宅のある側から(妙法寺側)から登る道は岩場の連続で結構きつい道です。

自宅から歩いて1時間半くらいで山頂に到着。
山頂でおにぎりで昼食。
少し歩いた茶店でおでんとビール(笑)。

茶店には登山会の方の記録などもありますが、一番たくさん登っている方は18000回超!
毎日登ったとして10年で3650回あまりですから、50年位毎日登っていることになっています。
3歳の瞭が今入会して毎日登っても53歳!

今回はそのまま反対側に降りてバスで帰宅しました。

徒歩圏内に山もあり、海も近く、神戸は改めていいところだと思います。

舜です。高取神社から神戸市内の風景をバックに。
神戸空港も遠くに見えます。

荒熊神社の階段下にて。舜と瞭です。


投稿者 山中 勧 : 19:15 | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月29日

伍魚福ゴルフコンペ

今日は伍魚福の社内コンペです。今回は10名、いつもと同じ西神戸ゴルフ場です。
朝7:37スタート。天候に恵まれ絶好のコンディションの中楽しく開催できました。

体が硬くなっていたのか、始球式ではいきなりチョロ(汗)。2球目でようやくリボンが出ました・・・。
前半はまずまず(といっても50を少し切った程度)でしたが、午後から体力不足かOB連発。

それでもなんとか準優勝(とニアピン1個)となりました。

優勝は前回に引き続き係長の関 行雄でした。自己ベストの99。

<本日の成績>
優勝 関 行雄(お客様繁盛推進部 係長 近畿G・卸通販Gリーダー)
2位 山中 勧
3位 片岡一治(品質保証部 部長)
4位 児島 豊(商品部)
5位 定浪健太(お客様繁盛推進部 東日本G東北チーム)
6位 藤原英樹(お客様繁盛推進部 課長 東日本G統括リーダー)
7位 大橋弘樹(商品部 係長、お客様繁盛推進部 神戸銘品Gリーダー)
8位 山本雅男(常務取締役)
9位 加茂田勝(お客様繁盛推進部 課長 中日本・九州Gリーダー)
10位 伍々 明(お客様繁盛推進部 中四国G)



投稿者 山中 勧 : 17:23 | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月25日

須磨海浜水族園


今日は一番下の息子(瞭)と神戸市立須磨海浜水族園へ行きました。昨年公開されたウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟でも海洋調査の基地として登場しています。

昔は「水族館」だったのですが、ラッコ館やイルカのショー、アマゾン館など規模が大きくなり「水族園」という名前に改称されたようです。

これはアマゾン館にいる世界最大の淡水魚「ピラルク」です。旭川市の旭山動物園にもある水槽内のトンネルで間近で見ることができます。
でかい・・・。
おいしいんだろうか(珍味屋的発想・・・苦笑)。


投稿者 山中 勧 : 23:34 | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年12月 3日

伍魚福ゴルフコンペ

本日は半年に一度開催される伍魚福社員のゴルフコンペでした。

本日は11名、神戸市の外郭団体・社団法人神戸国際カントリー倶楽部が運営している西神戸ゴルフ場(パブリック)での開催です。
余談ですが、神戸市は現在このゴルフ場の経営者を募集しております。

大荒れの天気だった昨日とは一転して晴天、ただすごく寒い一日でした。
10:07スタート。全体的に遅れ気味だったため、最後は日没。寒かった・・・。
私のスコアについては、ここでは書きません・・・。
#ボールはたくさん無くなりました。
初参加のメンバーもおり、大変楽しく笑いの絶えないゴルフとなりました。

<本日の成績>
優勝 関 行雄(お客様繁盛推進部 係長 卸通販・酒販Gリーダー)
2位 片岡一治(品質保証部長)
3位 児島 豊(商品部)
4位 佐々木繁(お客様サービス部 情報システムGリーダー)
5位 山中 勧
6位 山中 勉(会長)
7位 加茂田勝(お客様繁盛推進部 課長 西日本Gリーダー)
7位 藤原英樹(お客様繁盛推進部 課長 東日本Gリーダー)
9位 大橋弘樹(商品部 係長、お客様繁盛推進部 神戸銘品Gリーダー)
10位 伍々 明(お客様繁盛推進部 卸通販・酒販G)
11位 松本好雄(お客様繁盛推進部 販売促進チーム)


優勝した関係長です。今日は本人にとってベストスコアの101。ドラコンやニアピンも獲得。次回幹事よろしく。


投稿者 山中 勧 : 20:14 | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年10月14日

ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟

今日は小5の息子と3歳の息子と3人で映画を見に行きました。
http://www.ultraman-movie.com/
ウルトラマン誕生40周年(私と同い年!)。なんと神戸を舞台にウルトラ兄弟と怪獣との戦いが繰り広げられます。ハヤタ(ウルトラマン)が神戸空港長、モロボシダン(セブン)が六甲山牧場、郷秀樹(新マン)が神戸市内のサーキット、北斗星司(エース)が舞子ビラの料理長として働いております。
いつもの風景が映画の中で登場し、感慨深いものがありました。
最初に主人公が神戸空港に降り立ち、最後の決戦も神戸空港。
ウルトラマン・セブンなどを見て大きくなった我々の世代にはものすごく懐かしく楽しい映画でした。エンディングや回想シーンでは、昔のフィルムも使われており、まさに40年間の集大成。
神戸にもフィルムコミッション(神戸フィルムオフィス)があり、映画・TVドラマの撮影に協力する体制もできています。
ロケ地マップ↓
http://www.ultraman-movie.com/images/kobemap.jpg
「未来を信じる心の強さが不可能を可能にする」
「信じる力が勇気になる」
「大切なのは、最後まであきらめないこと」
ちょっと照れくさい言葉ですが、経営にも通じるものがあります(とちょっとまとめたりする)。
子供たちよりも私の方が喜んでいたようで、あとで合流した家内と娘にも冷やかされました・・・。


投稿者 山中 勧 : 23:23 | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年10月 1日

日本酒の日

今日10月1日は「日本酒の日」です。

明治29年に定められた「酒造税法」(いまの酒税法)で酒造年度として10月1日~9月30日とされていたそうです。酒造りを10月頃からはじめたり、新米の収穫高をもとに酒造りの計画を立てたことから、税金の計算がしやすい?のでそうなったようです。

それで10月1日は「酒造元旦」としてお祝いをしていたそうです。
昭和53年に日本酒造組合中央会が10月1日を日本酒の日に定めました。

昭和41年から酒造年度が7月1日からに改められたそうです。機械化が進んで酒造りの時期が早くなったせいでしょうか?

「日本酒の日」世の中の認知度はまだ低いようですね。
実は私「日本酒で乾杯推進会議」の会員です。日本人としてはやっぱり日本酒で乾杯を!ただ、最近は酔っ払わないように「和らぎ水」を飲みながら楽しむようにしています。要するにチェイサーみたいなものですが。これも新しい飲み方として酒造組合が提案しています。

頑張れ日本酒!


投稿者 山中 勧 : 20:01 | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年9月30日

オルセー美術館展

今日は家族でオルセー美術館展へ行ってきました。
2006年9月29日~2007年1月8日 神戸市立博物館で開催されています。
http://www.orsay3.com/
絵画鑑賞が趣味で・・・なんてことは全くなく(汗)、絵心があるわけでもないのですが、見に行くのはなぜか好きなのです。
オルセーはその昔新婚旅行で行った想い出の場所でもあります。
今日はのじぎく国体の開会日のせいか、阪神中日のデーゲームがあったせいか、意外に空いていました。

今日見た中で良かった絵は、
マネ「アンリ・ロシュフォールの逃亡」

ハンマースホイ「室内、ストランゲーデ30番地」
#探したけど同じ絵がなかったです。こんな雰囲気の絵でした。
A_Woman_In_An_Interior_Strandgade_30_1901

マネ「ブーローニュ港の月光」

良かったといっても私の判断基準は欲しいかどうかというだけです(笑)。

家内にどれが良かったか?と聞いたところ、マネ「アンリ・ロシュフォールの逃亡」とハンマースホイだといいます。びっくり。夫婦は似てくるのでしょうか??音楽とか、他の趣味は全然違うのに不思議です。

神戸市立博物館の常設展示には地元で発掘された銅鐸などもあり、さわれる複製品なども教育の一環で展示されています。子供たちは銅鐸を鳴らしたり、パズルをしたり、そちらの方が楽しそうでした。


投稿者 山中 勧 : 18:26 | コメント (0) | トラックバック (1)

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