自分自身と家族について

2016年4月 2日

自宅でくぎ煮炊き2016【レシピ付き】

20160402kugini02.JPG今年のいかなご漁は、過去最悪の状況でした。

解禁日は例年よりもかなり遅い3月7日。
初日の水揚高は昨年の10分の1程度でした。

一般の魚屋さんでは、生のいかなご1kgが2500円〜2600円。
昨年の初日よりも1000円ほど高く、主婦の皆さんも大変驚いておられました。
20160402kugini01.JPG
くぎ煮を炊くための生のいかなごも当初は確保が困難で、3月初めから関西のお土産店で実施予定だった「くぎ煮フェア」も中止せざるを得ませんでした。

お得意先はもちろん、楽しみにされていた消費者の皆さんには大変ご迷惑をおかけしてしましました。

3月の中旬になっても獲れるいかなごの量は少ないまま。
知り合いの漁師の方も「今まで経験したことがない状況」とのことでした。

20160402kugini03.JPG
しかし「くぎ煮」は伍魚福の看板商品。
くぎ煮は伍魚福でなければ、と心待ちにしていただいているお客様も多いのでなんとか少しずつ炊きましたが、価格は高いまま。
大変心苦しいのですが、値上げせざるを得ない状況となってしまいました。

そんなドタバタでしたので、この数年いつも自分で炊いていた「くぎ煮」も炊けないまま4月に。
20160402kugini05.JPG
近隣のいかなご漁も終わり、今年は炊けないな、と思っていたのですが、今日の友人のfacebook記事で近くのスーパーがまだ「いかなご」を販売していることを知りました。

さらに、別の友人も本日くぎ煮を炊いており、美味しそうな写真が記事に。

いてもたってもいられなくなりました(笑)。
20160402kugini07.JPG時期が遅いので、魚のサイズは大きくなっていました。

伍魚福の20年前のくぎ煮と同じくらいかもしれません。

近年、小さめの魚を好まれる方が多いので、伍魚福のくぎ煮も最近は小さくなりましたが、実は少し大きめのいかなごの方が、脂がのっていておいしいのです。

20160402kugini08.JPG【我が家のくぎ煮レシピ2016】
いかなご:1kg
醤油:180cc
みりん:20cc
砂糖(黄ザラ):300g
生姜:80g

生姜が昨年よりも多いのは、ちょっとサイズが大きかったから。
20160402kugini09.JPG#伍魚福の製品のレシピとは異なります(念のため)。

一般的なレシピよりも液体が少ないため、早く炊けるのが特徴です。

強火20分、中火10分くらいで炊き上ります。
煮汁がなくなるギリギリまで煮詰める勇気が固く仕上げるポイント。

醤油とみりん、砂糖と生姜を入れて鍋を火に掛けます。
鍋の真ん中に火が正確に当たるようにすると、ムラなく炊けます。
20160402kugini10.JPG煮立ってきたら、洗ったいかなごを順次鍋に投入。
ガスは全開の強火。

いかなごは少しずつ手づかみで、沸騰して泡立っているところめがけて平らになるように入れていきます。

全部入れたら、アルミホイルで落し蓋。

箸でかき混ぜたりせず、ひたすらそのまま煮詰めます。
さわると魚が崩れてしまいます。

一般的なレシピだとこの辺で「アクをとる」と書かれていることも多いのですが、私は例年通りそのまま炊き詰めます。
20160402kugini13.JPG強火20分位で、沸騰の泡が小さくなってきます。
アルミホイルの落し蓋を取り、中火に。

頃合いを見て、鍋を返します。

煮汁の量を確認しながら、あと3〜4回鍋を返します。
傾けて煮汁が見えなくなったら出来上がり。

皿の上に置いたざるにあけて、粗熱を取ります。
我が家のいかなごの「くぎ煮」完成です!

例年通り、照りのある、硬めの仕上がりが我が家流。
20160402kugini14.JPG食卓にも「くぎ煮」のいい香りが漂います。

魚のサイズが大きいのが、懐かしい感じです。
早速味見しましたが、なかなか美味しいです(自画自賛ですいません)。

最後に「くぎ煮」とともに記念撮影。
20160402kugini16.JPG地域の食文化であるいかなごの「くぎ煮」。

今後のいかなご漁がどうなるのか心配ですが、地域の皆さんとともに守り育てていきたいと考えています。

今夜はくぎ煮とともに日本酒を美味しくいただきました!
20160402kugini15.JPG


投稿者 山中 勧 : 22:24 | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年2月28日

自宅でくぎ煮炊き2015【レシピ付き】

20150228kugini01.JPG今年のいかなご漁は、2月26日に解禁になりました。
初日の水揚げは平年並みとのことでホッとしているところです。今年の前評判は史上最も不漁ではないかといわれていましたので。
朝早くから漁に出ていただいている漁師の皆さんに感謝です。

伍魚福の本社のある、神戸市長田区を歩くと、家々から「くぎ煮」を炊く甘辛い香りがしてきます。
他府県の方からは「信じられない」といわれることがありますが、本当の話です。

伍魚福では、解禁日に炊いた「くぎ煮」を「KOBE 伍魚福 阪神梅田店」で当日から量り売りで販売させていただいております。
JR新神戸駅、JR新大阪駅、神戸空港、大阪国際空港(伊丹空港)、関西国際空港ほか、関西のお土産店では、製品版(タッパー入、箱入り等)を3月1日以降順次発売いたします。
20150228kugini02.JPGいかなごを洗い、炊いて、冷まして、タッパーに詰めて・・・。
くぎ煮を炊いている工場も、物流センターの包装工場もフル稼動。
お得意先様の売場作りのために、繁盛係(営業)もフル稼働です。

このため、消費者通販のお客様へのお届けは少し遅れてしまいます。申し訳ありません。
20150228kugini03.JPG私も、解禁当日に炊いた伍魚福のくぎ煮を試食。
今年は、最初から少し大きめで、とてもおいしく炊き上がりました。

もちろん、社員販売での発売は一番後回しですので、味わうためには、阪神梅田店に買いに行かねばなりません(笑)。

ということで今年も自宅でくぎ煮を炊きました。

20150228kugini04.JPG何年か前から自宅で炊いているのですが、今年は昨年と同じ「第8回いかなごのくぎ煮コンテスト・伍魚福賞」の前田雅子さんの作品を参考にしたレシピです。

前田さんのレシピでは、生姜が250gとなっていますが、ウチでは、スーパーで売っていた生姜一袋分70gにしてあります。

【我が家のくぎ煮レシピ】
いかなご:1kg
醤油:180cc
みりん:20cc
砂糖(黄ザラ):300g
生姜:70g

20150228kugini05.JPG#伍魚福の製品のレシピとは異なります(念のため)。

一般的なレシピよりも液体が少ないため、早く炊けるのが利点です。

強火20分、中火10分くらいで炊き上ります。
煮汁がなくなるギリギリまで煮詰める勇気が固く仕上げるポイント。

醤油とみりん、砂糖と生姜を入れて鍋を火に掛けます。
このときに、鍋の真ん中に火が正確に当たるようにすると、ムラなく炊けます。

20150228kugini06.JPG煮立ってきたら、洗ったいかなごを順次鍋に投入。
ガスは全開の強火です。
最初に3分の1くらい入れ、沸騰して泡立っているところに残りを入れていきます。

全部入れたら、アルミホイルで落し蓋。
箸でかき混ぜたりせず、ひたすらそのまま煮詰めます。
さわると魚が崩れてしまいます。

一般的なレシピだとこの辺で「アクをとる」と書かれていることも多いのですが、私は気にせずそのままです。

煮汁が少し香ばしい香りをさせてきます。
鍋のフチで少し焦げているのでしょうか。

20150228kugini07.JPG強火20分位で、沸騰の泡が小さくなります。
焦げていないかにおいをかいだり、鍋を傾けて煮汁の量を確認。

煮汁が少なくなってきたら、中火にし、鍋を返します。
もう煮崩れはしません。

煮汁の量を確認しながら、あと2回ほど鍋を返します。
傾けて煮汁が見えなくなったら出来上がり。

皿の上に置いたざるにあけて、団扇で粗熱を取ります。
我が家のいかなごの「くぎ煮」完成です!

砂糖多めですこし硬めの仕上がりが我が家流になっています。
ちょっと味見をしましたが、かなりおいしいです(自画自賛・・・笑)。

20150228kugini08.JPG「いかなごのくぎ煮コンテスト」に応募したくなりますが、もし優勝してしまったら恥ずかしいのでやめておきます(笑)。

スーパーで配られているレシピを見ると、お酒を入れるとやわらかくなるという記述も。
いろんなレシピを試したくなりますね。

春の風物詩「くぎ煮」。
皆さんも炊いてみてはいかがでしょうか。

伍魚福は、「いかなごのくぎ煮振興協会」の事務局を務めています。

今年も、いかなごのくぎ煮振興協会の主催でJR新神戸駅の「いかなごのくぎ煮フェア」、「いかなごのくぎ煮コンテスト」、「いかなごのくぎ煮文学賞」を開催します。
詳しくは、「くぎ煮.JP」をご覧下さい。

地域の食文化「くぎ煮」をもっと守り育てていきたいです。
炊きたてご飯にも、日本酒の肴としてもピッタリ。
本日もおいしくいただけることに感謝です。


投稿者 山中 勧 : 22:27 | コメント (0) | トラックバック (0)

2014年5月 6日

Workpad c3とPalm Vx(バッテリー交換の記録)

20140505workpad.JPG2000年頃から愛用しているPDA「IBM Workpad c3」(左)と「Palm Vx」(右)です。

いわゆる「電子手帳」のようなものです。
外見は違いますが、Palm社がIBM社にOEM供給したものなので、中味は同じです。

このWorkpadの 「予定表」というソフトには1999年8月21日からこれから先の予定まで入っています。
15年分・・・考えたらすごいですね。
壊れたらどうしよう、と思っていたのですが、ボタンがグラグラになった以外は問題なく使えており、そのまま無対策でおりました。

2月のある日、打ち合わせ時に予定の入力をしていましたら、「山中さん、それPalmですか!」と意外な反応が。その方の会社では昔、Palmを販売されていたことがあるそうです。

これがきっかけで、死蔵されていたPalm Vxを4月7日に譲っていただきました。
Nさん、ありがとうございます!

ただ、10年以上放置されていましたので、充電池は完全に放電されています。
普段使っているクレードル(充電とパソコンとのデータ交換用の台)に載せてみたらぴったり。電源が入り、初期設定もでき、充電マークも表示されました。
でもクレードルから外すと電源が落ちます。バッテリーが完全にだめになっているようです。

以前は修理サービスがあり、交換を1万円弱でやってもらえたので、検索しましたらこの機種のバッテリーの在庫がないようです(残念)。
20140416amazonuk.jpgあきらめかけていたのですが、インターネットで検索すると、台湾の通販で販売しているのを発見。
でも台湾語が解らないので、ふと思いつきアメリカのアマゾンで検索。
発見したものの、日本への発送はしていないそうです(残念)。
ひょっとしたら、ということでイギリスのアマゾンで検索してみると、送ってくれそうです。

4月12日、どきどきしながら2個(Palm Vx用とWorkpad c3用)注文。
インターネット通販が当たり前の時代となりましたので、こんな感覚は久しぶりです。

送料無料という表示でどうもおかしいと思っていたのですが、15日、キャンセルの連絡が。

4月15日、再度検索して別の会社に同じく2個注文。
Item Subtotal: £12.10
Delivery & Handling: £19.98
今度は、ちゃんと送料もついていますので、期待が持てます。
本体よりも送料のほうが高いですね。
Order Total: £32.08
JPY 5,675*
日本円で5,675円。サイト上で換算されます。
今度はちゃんと発送の案内メールが届きました!
20140503batteryforpalm.JPGホントに届くんだろうか、と半信半疑で待つこと約半月。

案内メールよりも1日遅れの5月2日、届きました!

世界はつながっていますね。あらためてamazonのサービスにも感心。

ネットでバッテリー交換の方法を予習して、5月4日に決行することにしました。
20140504palm01.JPG裏ブタは温めたら溶ける接着剤で止められていますので、アイロンで温めて外します。
ドライヤーを使う方もいるようですが、一気に全面を温められるのでアイロン方式を採用。

熱いので軍手を2枚がさねしています。

写真に写っているビラビラ部分が接着剤の溶けたものです。
しばらくそのまま温度が下がるのを待ち、手でちぎってきれいにしました。
20140504palm02.JPGこれがいわゆる「2枚おろし」の状態です。

下の赤い部分がバッテリーです。
よくこんな小さいところにいろんな部品が詰め込まれているものですね。

ただこれは、15年以上前の設計。今のスマホはもっとすごいことになっているのでしょう。
20140504palm03.JPGまずはラジオペンチでコネクター部分を外しました。

古いバッテリーを外そうとしましたが、接着されていて外れません。

ネットでは基盤とバッテリーの間にプラスチックの器具を差し込んではがすような写真がありましたが、そんな器具はありません。
20140504palm04.JPGちょっと考えましたが、赤いビニール?のカバーで覆われていますので、これをカッターで切開することにしました。

無事取り外すことができました(ほっ)!
20140504palm05.JPGいろんな部品が詰め込まれています。
「HYUNDAI」という文字も見えます。
#もっとじっくり観察しておけばよかったです(笑)。

子供のころから機械いじりが結構好きでしたので、なんだか楽しいです。
20140504palm06.JPG交換するバッテリーは中国製です。

コネクター付きで販売されています。
差し替えるだけ、で簡単、と思っていたのですが、2ミリ角ぐらいの小さいものなので、不器用な私は結構苦戦。

ラジオペンチでつまんで挿そうとするのですが、意外と固いのです。
本体側コネクターの中に2本のピンがあるのですが、折れたらアウトです(ドキドキ)。

ラジオペンチではさんだときに一瞬ショートして火花が。

途中まで挿したときに本体に電源が入ったらしく、ボタンを押したときのビープ音が。
成功途上にある証拠ととらえ、そのまま指とラジオペンチで慎重にはめ込み、なんとか完了。
20140504palm07.JPG以前のバッテリーのカバーの中に収め、もともとバッテリーの基盤保護についていた黄色いテープで止めました。

後は裏ブタを重ね、再度アイロンで接着。
何とか無事くっつきました(ほっ)。

若干はみ出した接着剤があるのと、本体右側のスタイラス(ペンのようなもの)収納部分が変形して固くなったものの、完成!

これで予備機として使えそう、と喜んだのですが、全然別のトラブルが発生!
20140504hotsynk.JPG予備機にデータを移すために今使っているWorkpadのデータをパソコンに移します。
今使っているMacBook AirにWindows7をインストールしてあります。そこにPalm Desktopというソフトを入れてあり、その予定表と同期させます。

パソコンとWorkpadを同期させる作業を「ホットシンク」というのですが、その際にトラブル発生。
本体からパソコンへのデータ移行はできるのですが、パソコン上で変更した予定が本体に反映しません。
そこで、パソコンから本体の予定を上書きする設定にして、同期させたのですが、終わりません。
あまりに長いので途中で中止し、リセットしたら、本体の「予定表」のデータが全部消えてしまいました。

ものすごく焦りましたが、2時間くらい掛けてやり直し、何とか元通りに(ほっ)。
多少データの同期に問題ありましたが、手で修正(笑)。

その後、予備機のPalm Vxとも同期させ、ほぼ同じ状態になりました(冒頭の写真)。
これでWorkpadが壊れても何とかなりそうです。

途中経過の報告をFacebookでしたところ、私も昔使っていたという方からたくさんのコメントをいただきました。
ただ、現在はiPhoneで予定表の管理をしている方が多く、現役でこれを使っているのは知り合いの中では私だけです(笑)。

予備機を譲っていただいたNさん、改めてありがとうございました。
Facebook上で応援していただいた皆さんにも感謝です。
これからも頑張って使います!


投稿者 山中 勧 : 11:24 | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年8月15日

高校野球とピリ辛さきいか天(阪神甲子園球場)

20130815koshien01.JPG本日は朝から次男と二人で阪神甲子園球場に高校野球観戦に行きました。

次男が少年野球を始めましたので、最近土日はほとんど相手にしてもらえません。
お盆休みは練習も休みなので、今日しかないということで出かけました。

ライト外野席の最上段付近。無事日陰を確保できました。

野球の応援はもちろんですが、私の目的は「ピリ辛さきいか天」の応援です。
20130815koshien02.JPG暑い中、重たい生ビールのタンクを背負って販売されているアサヒビールのキャストの皆さんには頭が下がります。

本日は大会第8日、2回戦、第2試合の熊本工(熊本県代表)対作新学院(栃木県代表)です。
「くまモン」が応援に来ているかと思い、双眼鏡で探しましたが残念ながらいませんでした。

高校野球名物の「かちわり氷」を次男に購入。
頭や首筋を冷やすこともできますし、溶けた水もおいしい。
昔の金魚すくいのふくろの方が風情があってよかったのですが、今は密封された袋に入っています。衛生面を考えるとやむをえないでしょうか。
20130815koshien03.JPG本日は終戦記念日でもあります。
正午にサイレンがなり、黙祷。

夕方から実家でのお盆の行事があるため、第3試合の途中で帰途に。
代表校のプラカードを借りて記念撮影できるコーナーでの一枚です。
兵庫県代表の西脇工業高校は県立高校としては久しぶりの出場です。
さきいか天ともども頑張って欲しいです。

キャストの皆さん、明日以降も、クライマックスシリーズ、日本シリーズまでよろしくお願いします!


投稿者 山中 勧 : 22:25 | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年8月18日

高校野球とさきいか天と甲子園歴史館

20120818koshien01.JPG本日午後から阪神甲子園球場へ。
4月にも書きましたが、今年から甲子園球場のアサヒビールの生ビール、チューハイ、ハイボールを販売しているキャストの方に伍魚福の「ピリ辛さきいか天」を販売いただいています。

おかげさまでよく売れています。
キャストの皆さん、毎日暑い中ありがとうございます!
プロ野球よりももっと熱い夏の高校野球でも販売いただいているということで、本日は次男と二人でさきいか天の応援に。
ところが阪神三宮駅では「満員で入場できません」との告知が(汗)。
少し早く昼食を取り、時間調整。第二試合の「大阪桐蔭」対「済々黌」終了後の入れ替えでなんとか入場。
ライト外野席の最上段、照明のふもとの少し影になったところに席を確保することができました。
20120818koshien02.jpg「明徳義塾」対「新潟明訓」。どちらも優勝目指して頑張れ!
この写真が「深紅の大優勝旗」です。

さっそく生ビールとさきいか天でスタート。
2杯目はチューハイ(巨峰味)とさきいか天。
3杯目が写真の日本盛「虎の神撃」とさきいか天。

通路から遠い真ん中の席でしたので、これらの購入は全て隣の皆さんに協力いただいてのリレーでした。よく飲むなーと思われたことと思いますが、ご協力に感謝。
さきいか天も覚えていただけたかも。

少し雨がぱらついていたのですが、明徳義塾が4点をリードしていたところで突然試合中断。
雷が近づいているとのことでした。
雷が鳴りはじめ、暗くなってきました。避難を兼ねて、「甲子園歴史館」へ。
先ほどの優勝旗は歴史館に展示されていたものです。
20120818koshien03.JPG阪神タイガースコーナーから見学。
優勝のペナントや、選手・監督のユニフォームなど。
館内は写真撮影OKです。
私の世代はやっぱり「バース、掛布、岡田」です。
1985年のバックスクリーン3連発は伝説になっています。この年の神宮球場での胴上げは私も目の前で見ました。
とにかく懐かしい映像や展示の数々。
20120818koshien04.JPGこれまた懐かしい、手書きの看板。
もちろん王、長嶋の看板も。
息子よりも私のほうが喜んでしまいました(笑)。

高校野球のコーナーでは、有名校のユニフォームや、歴代出場校の名前を印刷したボール。
大学のアメリカンフットボールの「甲子園ボウル」のコーナーには、母校のアメフト部のユニフォームもありました。
20120818koshien06.JPG外に出ると雨も小降りになっており、無事帰ることができました。

帰宅すると2時間の中断を経て試合も再開、ちょうど明徳義塾が勝ったところでした。
選手の皆さん、応援の皆さん、運営している関係者の皆さん、そしてさきいか天を販売いただいているキャストの皆さん、長時間お疲れさまでした。

明日以降もよろしくお願いします。


投稿者 山中 勧 : 20:55 | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年7月21日

信西入道塚(京都府綴喜郡宇治田原町)の石碑に・・・

20120721shinzei01.JPG信西入道塚です。
京都府綴喜郡宇治田原町でのお墓参りの途中に発見。
大河ドラマのおかげで「信西」を再認識、塚を見てみようと車を停めました。
今回の大河ドラマでは、阿部サダヲさんが信西を演じ、清盛とも絡んで大変重要な役柄となっています。

NHKの大河ドラマ「平清盛」の信西の説明を引用します。

信西(高階通憲)
日宋貿易・国家構想における清盛の師。宋の言葉も堪能。中流貴族出身に関わらず少納言に任じられるが、それ以上の出世はみこめないと出家・信西と名乗る。清盛や美福門院と深く結びつき、自らの政治理想を実現しようと努めるが、早急な改革が貴族や武士の反感を買う。

20120721shinzei02.JPG大正5年に地元の有志で「信西入道塚」を整備したということで、その石碑を見ていましたら、その裏の「寄付者」の中に曾祖父「山中直次郎」の名前を発見。
お墓と戸籍以外に宇治田原で当家が存在した痕跡を見つけたのは初めてです。

祖父(山中正親)の時代まで、当地で製茶業を営んでおりましたが昭和10年代に破綻。
家産全て失い、一家で神戸へ。
戦後、縁あってするめの加工を行うものの、昭和20年代後半に再度破綻。
兵庫県珍味商工協同組合の前身、兵庫県鯣加工協同組合(昭和25年3月設立)の登記簿には、理事として祖父の名前もあります。
20120721shinzei03.JPG
息子の山中直次郎、山中勉の二人で創業したのが今の伍魚福(昭和30年に有限会社五魚福として設立)です。
この石碑にある「山中直次郎」は二人の祖父(私の曽祖父)にあたります。
写真が実家の仏間にあります。ひげをたたえた怖そうな写真です。

事業を成功させた人だということで、私の祖父(山中正親)が息子に同じ名前をつけたそうです。
長男なのに「直次郎」なのはそういう理由です。

2代目の山中直次郎は、昭和41年7月に亡くなったので、お盆ではなく、毎年7月にお墓参りをするようになり、今に至ります。
20120205tadanori02.JPG伍魚福の隣には清盛の末弟「平忠度」の胴塚があります。

当家の家紋は清盛と同じ「丸に揚羽蝶」。

因縁を感じます。
先祖は平家の落武者だったのかもしれません。

帰宅後、録画していた大河ドラマ「平清盛」、第26回「平治の乱」を見ました。
阿部サダヲさん演じる信西の最期。「山城 田原」の文字が。
穴を掘り、その中に身を隠していたものの追っ手に見つかり、自ら命を絶つ信西。

清盛の行った日宋貿易も、信西がいたから実現した。
そういう意味では、信西は今の神戸を形作った重要人物の一人といえますね。
大河ドラマ、ますますおもしろくなってきました。

不思議なご縁に感謝です。


投稿者 山中 勧 : 20:04 | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年6月 5日

若きいのち-運動会賛歌-/灰谷健次郎と妙法寺小学校

20110605myohoujikko.JPG妙法寺小学校には運動会でいつも歌う歌があります。
私も子供のころ歌っていて、今でも覚えています。

「若きいのち-運動会賛歌-」
灰谷健次郎 作詞
西川光三 作曲

1.晴れたそらのもと わたしたち
心 あわせて つどいきぬ
胸をはり リズムにあわせ
進めよ 歌えよ ひびかせよ
ああ 妙法寺の 若きいのち
世界の空に はるばると とべ

2.緑の大地に わたしたち
心 はずませ 手をくみぬ
肩をはり 足なみそろえ
進めよ 歌えよ ひびかせよ
ああ 妙法寺の 若きいのち
世界の大地に ふくよかに におえ

「灰谷健次郎 作詞」とあります。有名な児童文学作家の方の名前です。
20110604undokai02.JPG上の子供達が妙法寺小学校に通うようになり、運動会のプログラムで名前を見つけて不思議に思っていました。
運動会賛歌として全国的に歌われていて、「妙法寺の」のところに自分の学校の名前を入れて歌うのかなぁ、と思っていました。

昨夜学校便り「妙法寺っ子」に掲載されていた校長先生の文章を読んで驚きました。

灰谷健次郎さんは1934年(昭和9年)生まれ。「兎の眼」、「太陽の子」、「ろくべえまってろよ」等で有名な児童文学作家で、5年前に72歳で亡くなりました。
灰谷さんは、作家になる前、神戸市の小学校教員だったそうです。
最初に勤めたのが、なんと、妙法寺小学校で、1956年(昭和31年)4月から3年間担任をされていたそうです。
作曲者の西川光三さんも1957年(昭和32年)4月に妙法寺小学校に初任教師として赴任されたそうです。このお二人が妙法寺小学校におられた昭和32年か33年にこの歌「若きいのち-運動会賛歌-」が作られたようです。

それから現在までずっと歌い継がれています。
灰谷さんが妙法寺小学校の児童のために作った作品であったということに本当に驚かされました。

私が小学生のときには、「プールの歌」というのもありましたが、ひょっとしたらこれもお二人の作品だったのかもしれません。

教えて頂いた校長先生に感謝。
児童のためにこの歌を作ってくれた若き日の灰谷さん、西川さんにも感謝。
これからも歌い継いでいきたいものですね。


投稿者 山中 勧 : 15:26 | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年6月 4日

自然教育学習園(妙法寺小学校)でランチ

20110604undokai01.JPG次男の瞭(小学校2年生)と私です。家内の作ってくれたお弁当でデーキャンプ。

という感じですがこれは運動会のお昼休みの弁当風景です。

私の母校でもある神戸市立妙法寺小学校には、裏に地域の方から寄付された山があります。

20110604jikyoen04.JPGこの山は「自然教育学習園」(略して自教園・じきょうえん)として整備されています。

私が子供のころには時間割に「自教園」の時間があり、いも掘りをしたり、田植えをしたり、飯ごう炊さんをしたりした記憶があります。

土運びのバケツを持って走って転び、足にけがをして何針か縫ったことも(汗)。

20110604jikyoen03.JPG妙法寺小学校のホームページによると、昭和24年に6000坪の裏山を寄付され整備が開始されました。

昭和49年(私が小学2年生のころ!)整備ほぼ完了。

冒頭の写真は「緑の教室」です。
息子のおすすめ場所ということでここで昼食。
運動場の暑さがうそのよう。木洩れ日の中でゆっくり食事ができました。

昼食後、家内と少し散策。
20110604jikyoen01.JPG
私が小学生だった頃にはなかった施設がたくさんあります。

羊がいたり、ウサギやウコッケイ!の小屋も。
羊の毛刈りをしたり、刈った毛を使って工作もするそうです。

20110605ryo_shiori.JPG
こちらが刈った毛を使ってつくった「しおり」です。

拾った木の実を使っておもちゃを作ったりもするそうです。
神戸市内とは思えない、素晴らしい環境ですね。

今後も自教園を大切にしていきたいですね。
長年整備し、受け継いで来られた歴代の教職員、児童、PTAの皆さんに感謝。
楽しいひとときをありがとうございました。


投稿者 山中 勧 : 22:07 | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年4月29日

須磨海づり公園で真鯛を釣る(釣り堀ですが)

20110429umizuri_koen01.JPG震災の影響もあり、全く無計画で突入したGW前半の初日。

以前から下の息子の瞭(小2)は「釣りに行きたい!」と言っていました。
正直かなり面倒・・・ということでスルーしていましたが、以前行った海づり公園の釣り堀を思い出し、ネットで検索。
なんの準備もなく行ってできるということで、急遽家内と3人で車で出発。

20分程度で須磨浦公園へ到着。
海を見ながらお弁当を食べた後、神戸市立須磨海づり公園へ。

海づり公園内を一回りした後、釣り堀へ。

係員の方に手伝ってもらって釣っている瞭です。20110429umizuri_koen02.JPG釣り堀に糸を垂らして、1秒たつかたたないかのうちに食いつきました。

係員の方の指示に従ってリールを巻き、タモで引き上げてもらいます。
糸はずしも、手カギで締めるのも、海水で洗うのも全て係員の方がやってくれます。

手カギに鯛をぶら下げての記念撮影です。
#帰宅後、大きさを測ったところ、38cmでした。
20110429umizuri_koen04.JPG瞭はニッコニコ。
氷や保冷剤で重たいクーラーボックスも自分で運びます。
海づり公園をバックに記念撮影。

帰宅後、お刺身で美味しくいただきました。
係員の皆さんに感謝。
さばいてくれた家内にも感謝。
瞭もうろこ取りを手伝いました。お疲れさま。

神戸は山あり、海あり、本当に良いところですね。


投稿者 山中 勧 : 18:47 | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年1月 1日

2011年の初詣とお節料理

20110101ikoma01.JPGあけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

恒例の生駒聖天さんへの初詣です。
神戸駅まで車。JRで大阪→環状線で鶴橋→近鉄で生駒へ。
生駒からはケーブルカーです。
今年は、ケーブルカーを乗り継いで、「梅屋敷」という駅まで行きました。
奥に見えているのがその駅です。
駅のホーム自体が階段状になっています。
もちろん(?)無人駅。切符はポストのようなものに入れて改札を出ます。

そこから山道を少し歩いてまず、「大師堂」。弘法大師を祀ったお堂へ。
その後、伍魚福初代社長の山中直次郎ゆかりの千手観音へ。

20110101ikoma02.JPGこちらがその千手観音です。
なんとなく初代社長に顔が似ているような気がします。

今年は山の上の方から順に下りながらお参り。
最後に聖天(歓喜天)さんへの初詣とおみくじ。
私は26番吉。
「願望叶うべし」、「待人来る」他概ね良いことが書いてありました。

「鳥居前」駅でケーブルカーを降り、例年通り「十三やきもち」を買おうとしたら、なんと閉店していました。残念。ネットで調べると昨年の1月に店を閉じられたそうです。

会社に立ち寄り、年賀状をとって帰宅しました。
20110101osechi.JPGその後、みんなでお雑煮を祝いました。
今年もいつもの「かしら芋」。
いつもと同じお正月を迎える事ができる幸せに感謝。

今年も良い年にしたいですね。


投稿者 山中 勧 : 20:28 | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年12月19日

メガネ作りました&「不美人コンテスト」とレイモンド・ローウィ

201011megane.jpg11月の決起大会(伍魚福の忘年会)の記事にも書きましたが、マーケティング本部の合宿時に参加メンバーのメガネを借りて撮った写真を元に行った「不美人コンテスト」(通称ブスコンテスト)のアンケート用紙です。

「不美人コンテスト」は、フランス生まれでアメリカで活躍した工業デザイナー、レイモンド・ローウィ(Raymond Loewy、1893年11月5日~1986年7月14日)が使った手法です。
レイモンド・ローウィは、日本のタバコ「ピース」のデザインや、ガソリンスタンドのシェルグループのマークを始め、「口紅から機関車まで」と言われるほど幅広い分野で活躍した20世紀を代表する著名なデザイナーです。

彼は「売れるデザインが良いデザイン」という考え方を持っていました。たくさんの試作デザインを作った上で、消費者に見せて嫌いなデザイン全てに投票してもらう。そして投票の多かったものを捨てる。
競合商品がある場合は、残ったデザインと競合商品とで再びコンテストを行い決定します。

伍魚福でもこの手法を取り入れてデザイン選定を行っています。

ちなみに「ピース」の試作デザインの写真はこちらを参照ください。1951年(昭和26年)から現在に至るまで同じデザインで市販されているということに驚きます。

さて、私のメガネに関する「不美人コンテスト」。左下に○印がついていますが、高橋部長モデルが11票でもっとも少なく、今回はこれが一番ということになりました。
得票数の多いモデルを見るとなるほど・・・と思いますね。

20101220megane.jpg高橋部長モデルは、上部にフチがあるのですが、写真の印象を元にレンズの形を決め、先日フチなしメガネを作りました。
なんでも世界で一番軽く、NASAも採用して宇宙飛行士も使っているというフレームだそうです。

かけてみると確かに目の疲れ方が違います。
コンテストを企画・投票いただいた皆さんに感謝。


投稿者 山中 勧 : 05:25 | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年11月23日

2010年珍味の日・神戸北野天満神社に珍味を奉納しました

20101123chinmi_no_hi04.JPG本日11月23日は「珍味の日」です。

古来より「新嘗祭」(にいなめさい)として、新たなる天地の恵みに感謝をし、それを食する祭日とされてきました。
現在では、「勤労感謝の日」として国民の祝日になっています。

全国珍味商工業協同組合(略称:全珍連)では、2007年よりこの日を「珍味の日」と定め、全国でPR活動を行っています。「いいつまみ」という語呂合わせにもなっています。
ちなみに毎年11月の第3日曜日が内閣府の定めた「家族の日」です。
今年は11月21日でした。
11月22日がいい夫婦の日。
11月23日がいいつまみ=珍味の日。

家族に感謝し、
お互いのパートナーに感謝し、
天地の恵みにも感謝し、
珍味をお買い上げいただいているお一人お一人にも感謝。

そんな3日間です。
20101123chinmi_no_hi01.JPG伍魚福の加盟する「兵庫県珍味商工協同組合」では、昨年より「珍味の日」に組合員企業の製造する各種山海の珍味を神戸北野天満神社に奉納しています。

奉納後の珍味セットを抽選で15名の方にプレゼントします。
今年も本日付の神戸新聞の社会面下、全5段で「珍味の日」の広告を出させていただきました。
組合のホームページからもプレゼントに応募することが出来ます。
#11月26日が締め切りです。

今回の奉納には、私と、下の息子(瞭・小1)の2名で参加しました。
昨日の雨とはうって変わっての晴天。北野・異人館の奥にある神戸北野天満神社には観光客の方もたくさん来られています。神戸の景色も一望できます。
20101123chinmi_no_hi05.JPG奉納後の珍味を運ぶ瞭です。

プレゼントへのご応募、お待ちしております。


投稿者 山中 勧 : 15:30 | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年11月21日

The Doors (ドアーズ) と私

20101121the_doors.JPG毎週日曜日の朝は、NHKの「ルソンの壺」とTBS「がっちりマンデー」。
時間がかぶったので、がっちりマンデーはHDDに録画しています。

今朝の「がっちりマンデー」は狭い業界シリーズ第11弾。ドア業界の話でした。
いつもお世話になっているスーパーのバックヤードのスイングドア、神戸の会社がトップシェアをもっている自動ドア、タクシーの自動ドア・・・。勉強になりました。

という話はともかくとして、番組冒頭のBGMにびっくり。
The Doors の Light My Fire (ハートに火をつけて)だったのです。

ドア業界の話なので、「ドアーズ」というある意味分かりやすい選曲なのですが、我が家では朝から盛り上がりました。

私が中学生だった30年位前。
フランシス・フォード・コッポラの映画「地獄の黙示録」が公開され、見に行きました。
たしか、神戸新聞の試写会に応募して当たったのだと思います。今はなき、旧神戸新聞会館。調べると日本公開が1980年2月なので、その直前と思われます。
ということは、中学2年生。
中学生の私には、難解で、全く理解できませんでした。

で、理解できるかと思い、サントラのLP盤(なつかしい)を買いました。
何度か聴いているうちに、オープニングとエンディングに使われているThe Endという曲に興味がわき、The Doorsというアメリカのロックバンドを知りました。

当時、中学生には、洋楽を聴くのが流行っていました。ABBAだとか、ビートルズやストーンズ、イーグルスとか・・・。深夜のラジオ番組もよく聴いていました。

The Endを通しで聴いてみたい。
そう思って「The Doors」というアルバムを購入。
なんか暗い感じの曲が多く、最初は「なんじゃこれ」とか思いましたが、せっかく買ったのだからと何度も聴いているうちにいつしか生活の一部に。

ちょうど「ウオークマン」の初代が発売され、爆発的ヒットになっていた時代。
私も欲しくて、自転車に乗って三宮から元町、神戸の電気屋さんを捜しまわったのですが、すべて売り切れ。
たまたま板宿のソニーショップで在庫を発見して購入、付属のデモテープを聴いて音の良さに感動。

結局ドアーズの大ファンになり、それ以来ずっと聴いてきました。
このバンドの実質的な活動期間は、1967年から1971年。
ヴォーカルのジム・モリソンがパリで客死し、実質的な活動が終わっています。
スタジオ録音のアルバムは6枚(冒頭の写真の上から6枚)。輸入盤で揃え、繰り返し聴く日々。

周りの人には理解されないことが多く、中学、高校時代を通じて変だと言われ続けました。
家族にもあまり評判は良くありません。暗いとか、変な叫び声を上げるとか・・・。
歌詞の内容もシュールなものが多いです。

いつしか、レコードがなくなり、CDに。
世界中にはファンがたくさんいるようで、定期的にライブ盤やベスト盤、DVDなどが発売されます。
1991年には、オリバー・ストーン監督、ヴァル・キルマー主演で映画化もされました。タイトルはそのまま「ドアーズ」。伊藤忠商事(大阪)に勤めていた時代です。
家内に映画のチケットを買ってもらったのに、大阪での公開が終わってしまい、東京出張の際に時間を作って見に行きました。確か横浜の映画館でした。

子供達も、ドアーズは変だ、どこがいいのか、と言います。
でも印象には残っているようで、たまにラジオや、テレビ(今日のように)でかかると、気付いてくれます。小学校1年生の息子も他の曲とドアーズの差が分かるようです。

最近良く聴いているFM COCOLOという放送局は、「OVER 45」、45歳以上をターゲットとした放送局なのですが、たまにドアーズがかかります。
現在公式ドキュメンタリー映画「ドアーズ/まぼろしの世界」が公開されています。このPRでも結構かかっていたそうです(家内談)。
これも見に行かねば・・・。

冒頭の写真は、家にあるドアーズのCDの一部です。
手前一番右がこの映画のサントラ盤です。

これからもずっと聴き続けます。

全く個人的な趣味の話になってしまいました・・・。


投稿者 山中 勧 : 18:00 | コメント (0) | トラックバック (1)

2010年10月11日

「メジャー初コーチの『ポジティブ・コーチング』」立花龍司著

20101011positive_coaching.jpg本日は、体育の日。10月10日でないのには未だに違和感がありますね。
良い天気でもあり、午前中は、家内と次男の3人で近くの栂尾山、横尾山(須磨アルプス)へ行ってきました。
最近は、「山ガール」という言葉もあるそうですが、今日も親子連れ、お孫さん連れなどたくさんの方とすれ違いました。

体育の日にちなんで?元大リーグのニューヨークメッツのコンディショニングコーチ、立花龍司さんの本を読みました。
以前、会社からの帰り道に立花さんのラジオでのコメントを聞いて「なるほど」と思ったことがあり、購入したものです。
その時のラジオでの話は、次のようなものです。
あるチームの監督が「いいか、高めのボールには手を出すな」と指示をだしたところ、選手は高めのボールに手を出してヒットがでません。もう一度選手を集めて「なぜ、オレのいうことを聞けないんだ」というと、今度はバットが振れず三振の山。
「低めを狙っていけ」と指示を出した方がよい。

立花さん自身は高校時代に肩を壊し、野球への夢を断たれました。
同じような思いをする人を減らそうと、合理的なトレーニング、リハビリテーションの手法を学び、コンディショニングコーチとなった方です。
1989年、近鉄バファローズのコンディショニングコーチとして初めてプロ野球チームと契約。仰木彬監督や当時の近鉄の選手(野茂英雄選手など)の間で高く評価されたそうです。
その後、ロッテのコーチを経て、1997年大リーグのニューヨークメッツのコーチに就任。当時のバレンタイン監督からの推薦だったそうです。
その後、ロッテ、楽天などのコーチを歴任されています。

非科学的な軍隊式の指導法から、科学的な個人別のメニューを考えて選手を育成する。
経営にも通じる話がたくさんありました。

少年野球で「○○をしてはいけない」ということを強調しながら練習するグループと、「○○しよう」とポジティブないい方をしながら練習するグループ。明らかにポジティブな指導をしたほうが上達が早いそうです。
「○○するな」と言われ続けた子供は委縮してしまい難しい球を取りに行かなくなる。「○○しよう」と言われ続けた子供はプレーが積極的になり、ボールに食らいついていく。

子育ても、選手育成も、会社の経営も基本は同じことなのかもしれません。

アメリカでの野球に対する考え方も日本とは全然違うそうです。
大リーグの選手も、試合の始まる時間からは一人の野球好きの子供に戻り、野球を心から楽しむ。日本で「楽しむ」というと、ふざけて練習の手を抜くように思われる。
真剣勝負を楽しむべきである。

伍魚福は「神戸で一番おもしろい会社」を目指しています。
仕事を楽しみながらできるようにしたいとも考えています。でも決して手を抜いて、冗談を言い、笑いながら仕事をするという意味ではありません。
真剣に仕事に取り組み、お客様に評価いただき、目標を達成して喜び合う。そこに真の楽しさがあると考えています。

TEAM GOGYOFUKUメンバー全員で、「神戸で一番おもしろい会社」を目指していきましょう。


投稿者 山中 勧 : 16:35 | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年9月 4日

スカイマークスタジアムで野球観戦

20100904orix01.jpgスカイマークスタジアムです。
本日は、長男の舜(中3)、次男の瞭(小1)の男性軍3名でオリックスバファローズ対ソフトバンクホークス戦です。

芝生がとてもきれいな球場です。イチローのお気に入りということでも有名です。

今日の試合開始は14:00。まだまだ残暑が厳しく、どうなることかと思いましたが、内野自由席2階の上のほうには屋根があり、日陰の席が確保できました。
意外と風もあり、涼しくてよかった(ほっ)。

20100904orix03.jpgホークスに1点先行されたものの、その裏に3点を取ってバファローズ逆転、盛り上がりました!
5-1になりましたが、すぐ同点に追いつかれ、いやな感じに・・・。

ところがそこから7点を取り、バファローズ12-5で快勝。
瞭はカブレラのホームランを2本見ることができて大喜びです。
4時間を越える長い試合となりました。

途中ツイッターを利用した抽選会などのイベントもありました。ツイッターの使い方として大変参考になりました。

スカイマークスタジアムは、地下鉄で2駅のところにあります。
試合終了後、30分程度で自宅到着。

今回は、伍魚福が福利厚生で加入している神戸市勤労者福祉共済の年に一度のレクリエーションとしての招待券での観戦でした。
神戸は山あり、海あり、球場あり、サッカースタジアムありと住むのには大変良い環境です。
異人館、明石海峡大橋など観光資源もたくさんあります。

伍魚福ももっと地元を盛り上げるための貢献ができるようにしたいですね。
TEAM GOGYOFUKUメンバー全員で努力を続けていきましょう。


投稿者 山中 勧 : 22:06 | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月24日

セミの抜け殻採集

20100724semi01.JPG梅雨も明けて、いよいよ夏本番。

そろそろセミのシーズンです。
この写真は、セミの抜け殻です。

自宅近くの斜面の木のあちこちに、こんなセミの抜け殻がたくさんくっついています。

次男の瞭(7歳・小学校1年)によると、アブラゼミのものだそうです。
確かに近くにアブラゼミのメスらしいものがいました。

木が伐採されたせいか、あまり近くで鳴いている声はしません。

20100724semi02.JPG近くには、こんな穴も。
たぶんセミの幼虫が出てきた穴だと思われます。

アブラゼミの幼虫は、6年間土の中で暮らすそうです。
メスが朽木等に卵を産み、翌年の梅雨ごろ孵化した幼虫が表に出てくるそうです。
そこで一度目の脱皮をし、土の中にもぐって成長します。

土の中で木の根から樹液を吸って成長し、4回の脱皮を行い、6年間。

さなぎにならずに幼虫からすぐに成虫になるそうです(不完全変態)。
成虫になってからは約1カ月の寿命と言われています。
(ウィキペディアより)

20100724semi03.JPG瞭は7歳。

今年成虫になったアブラゼミは瞭が生まれたころに産卵されたという計算になります。
アブラゼミと同級生!
本当に自然は偉大ですね。

瞭は抜け殻をたくさん拾い、玄関の植木にくっつけて家族を驚かせています(笑)。

神戸には自然もいっぱい残されています。


投稿者 山中 勧 : 19:17 | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年1月 1日

あけましておめでとうございます(2010初詣・雑煮)

20100101ikoma01.jpg新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

恒例の生駒聖天さんへの初詣です。
6時に家族7名で出発。
電車を乗り継ぎ8時過ぎに生駒へ。

参道での舜(14歳)と瞭(6歳)です。
20100101ikoma02.jpgこの写真の右が本堂、左が聖天さんです。

昨年も書きましたが、生駒山宝山寺は真言律宗の「寺」です。
鎮守神として「歓喜天」(聖天)を祀ってあり、商売の神様として古くから人気があるそうです。
聖天さん以外にも、学問の神様や、健康の神様などあらゆる神様がおられます。

日本人の宗教観を象徴するような場所といえるかもしれません。

20100101ikoma04.jpg
いつものように順番にお参りです。

地蔵堂、本堂、聖天さん、初代社長の山中直次郎ゆかりの千手観音、大師堂、奥の院、白龍弁財天さん、大黒天さん、開山廟(開祖の湛海和尚の墓)。

奥の院への階段の脇には、このようにお地蔵さまがたくさん並んでいます。

20100101ikoma03.jpg
瞭と舜は、順番にお賽銭を供えながら歩きます。

時には背伸びして・・・。

おみくじを引きました。
第11番「大吉」。

例年誰かが凶を引くのですが、今年は全員が吉のついたおみくじでした。

良い年にしたいですね。

20100101zashiki.jpg会社に寄って年賀状をとり帰宅。

帰宅後は会長宅のお座敷で雑煮を祝いました。
いつもと同じお正月を祝える幸せに感謝。

こうやって休ませていただいている間も、伍魚福の商品を売っていただいているお店があり、交代で商品を出荷してくれているTEAM GOGYOFUKUメンバーがいます。

伍魚福を支えていただいている全ての皆さんに感謝。
ありがとうございます。

今年も良いチームとなれるよう、全員の力を結集して頑張ります。
よろしくお願いします。


投稿者 山中 勧 : 22:02 | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月13日

須磨海岸クリーン作戦に参加しました

本日は10時に須磨海岸集合。

須磨海岸を美しくする運動推進協議会(須磨区自治会連合会、須磨区連合婦人会、須磨区子ども会連合会、須磨区老人クラブ連合会により組織)が主催する「須磨海岸クリーン作戦」に参加しました。
毎年海開き前と後、2回開催されているそうです。

家内が今年自治会の副会長をしている関係で、家内と私、下の息子の瞭(6歳)とで初参加。
受付で軍手とビニール袋をもらってスタートです。

打ち上げられたゴミや煙草の吸殻、梅干しの種、プラスチック片、発泡スチロール片・・・。
昔よりもきれいになっているような印象がありますが、このようなボランティアの皆さんの活躍によるものなのでしょうか。

企業として参加されているところも数社あります。
自動車ディーラー、飲料メーカー、電機メーカーなど。おそろいのTシャツやのぼり、軍手をそろえている企業もありました。

社会貢献の一環ということだと思いますが良い取り組みに感心。

約1時間でこんな感じの山が4箇所にできていました。
キレイになると気持ちいいですね。

終了後、飲料メーカーの協賛のドリンクをいただきました。
ありがとうございました。

木陰で軽い昼食を取った後、車に積んできた自転車でサイクリング。

西は須磨駅の近くまで。
一旦自転車をおりて瞭は海へ。

ウインドサーフィンをやっている方もおられ、ちょっとしたリゾート気分です。

須磨海岸の端から端までを気持ちよく走れます。

山あり、海あり。

神戸はいいところだなぁとつくづく思います。

ただ、須磨海水浴場の入場者は年々減っているようです。
今年はインフルエンザや、雨続きだった天候のせいかもしれません。

<須磨海水浴場・年度別利用者総数>
年度 利用者総数 1日最大
17年度 113.5万人 10.0万人
18年度 80.1万人 8.0万人
19年度 88.3万人 8.0万人
20年度 84.2万人 7.0万人
21年度 64.9万人 5.0万人
神戸市のホームページより)

たくさんの方に神戸に来ていただきたいものです。

すぐ隣には水族園もあります。

瞭は張り切って走ります。

さわやかな気分で須磨海岸を後にすることができました。


投稿者 山中 勧 : 15:27 | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月 1日

神戸空港と思い出のプレート

本日朝は神戸空港でした。

家内が東京へ出掛ける(行きは飛行機、帰りは新幹線)ため、下の息子(瞭・6歳)とともに見送りに出かけました。

あいにくの雨。
3階の室内からの風景です。

息子と二人で見ていると、いつもお世話になっている空港の売店「MART Ⅱ」の責任者の方から声をかけていただきました。
息子を紹介しますと、「ブログで知ってますよ」とのこと。ありがとうございます!

家内が搭乗した後は、屋上に上がって見送りです。
バケツをひっくり返したような雨で傘をさしていても足元はビチャビチャ。

その後、少し買い物。
今は特別キャンペーンとして、駐車場が1,000円以上の買い物で1時間、2,000円以上の買い物で2時間無料になります。
通常時期でも飛行機に乗ると1日無料、翌日から一日1,000円と大変便利です。

空港内には、思い出のプレートがあります。

今から6年前の2003年。私が神戸青年会議所に入会した際の社会貢献事業として「神戸空港土埋めイベント」というものを開催しました。
イベント参加者が持ち寄った土や石、そしてイベント会場で石にペインティングをしたものを神戸空港の埋め立て現場に埋めるというイベントです。
一人ひとりが空港の埋め立てに参加したという思い出を持ってもらい、空港に親しみを感じてもらおうという目的がありました。

実は私が発案者で、スタッフとして企画・運営を行ったものなのです。
この写真は参加者全員の名前を記したプレートです。生まれたばかりの瞭の名前も書いてあります。
到着待合室左奥の壁面に設置されています。

空港の北側の公園にはもうひとつ記念碑があります。
こちらは神戸空港が開港した2006年に神戸青年会議所が設置した記念碑です。

1968年、神戸青年会議所は「神戸国際空港」の設置を提言しました。
当時の先輩方には神戸の発展のために空の玄関が必要であるとの強い思いがあったのでしょう。

以後も神戸青年会議所は、市議会の空港設置反対決議の白紙撤回を求める運動を行う等、積極的にかかわってきました。
神戸空港は神戸青年会議所ととても縁(ゆかり)の深い空港なのです。

私の下絵に当時3歳の瞭が色を塗った親子合作のタイルもここに貼られています。
私はこの記念碑を設置した2006年に神戸青年会議所を卒業しました(40歳で定年です)。

普段は出張の行き帰りで慌ただしく通り過ぎる空港ですが、久しぶりに懐かしい場所を訪れることができました(大雨でしたが・・・笑)。

新幹線も、飛行機も在来線の鉄道も非常にアクセスが良いのが神戸の良いところです。
5月のインフルエンザ騒動で神戸へのお客さまは激減してしまいました。
少し回復してきたそうですが、まだまだ元には戻っていないようです。

全国からたくさんのお客さまに来ていただきたいと思っています。
皆さんよろしくお願いします!


投稿者 山中 勧 : 13:15 | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年3月 1日

馬の背(須磨アルプス・栂尾山・横尾山)

今日は家内と長男の舜(中学1年)、次男の瞭(5歳)とともに須磨アルプスの「馬の背」へ。
妙法寺駅からバスで高倉台へ。
まっすぐ登る長い階段を経て栂尾山、横尾山方面へ。

その名の通り、馬の背のような狭い尾根が続きます。
写真のような断崖絶壁も。

次男の瞭は3歳のときに初登頂。
すれ違う人みんなに驚かれました(親ばか)。

登山のときはすれ違う人全員に「こんにちは」と挨拶します。
普段はなかなか味わえない、人とのふれあいもあります。
今日も昼食の場所で声をかけられて暫し歓談。

天気もよく、神戸空港はもちろん、関西空港、和歌山方面まで見渡せました。

横尾方面へ下山し、妙法寺駅へ。
2時間少しで味わえる別世界です。


投稿者 山中 勧 : 22:22 | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年2月 1日

六甲山でスキー

本日は日曜日。長男の舜、次男の瞭と3人で六甲山人工スキー場へ。
朝から舜と私のスキーを積み込み出発です。
この日のために昔のスキー板、ブーツを引っ張り出してきました。長い板・・・。

9時過ぎに出発。車で約40分ほど。自宅から鈴蘭台、小部峠、西六甲ドライブウェイ経由の山あいを東に進むルートです。
途中からくねくねとした山道となります。森林植物園や六甲山牧場を横に見ながらのドライブです。
少し山にあがったところですでに木々には雪が。市街地からほんの2~30分の場所とは思えません。
それでも少し暖かいせいか、チェーンの装着は不要でした(ほっ)。

天気もよく、たくさんの家族連れ、団体客でにぎわっています。
リフトは2本しか稼働していませんが、子どもと一緒に行くにはぴったりのスキー場です。
必要なものはすべてレンタルできますので、仕事帰りにスーツで行っても滑れます(笑)。

5歳の瞭がスキーをはくのは、生まれて2回目。
最初にゆるい斜面で少し練習した後は、「リフトに乗る!」。
瞭専用にリフトの回数券(12回券)を買いました。

斜面の途中からは一人で滑り降りていきます。
こけてもこけても起き上がり、どんどん滑ります。
曲がるコツを教えるとすぐに覚え、ちゃんと曲がります。
曲がりすぎて一回転したりもします。

舜は別行動で滑っていましたが、お昼に合流し、ロッジで3人で昼食。

昼食の後、休憩もそこそこにまた滑りました。
瞭はリフトも途中から一人で搭乗位置まで進むことができるようになりました。
余るかなと思っていた回数券もすべて使い切り、一回券を買ってプラス2回。
最後の滑走ではリフトを降りたところから一人で下まで行けました!
3回ほどこけましたがすごい進歩ですね。起き上がり方も上手になってきました(親ばか)。

3時半ごろ帰途に。二人は疲れて熟睡。

帰り道もチェーンは装着不要でした。
人生初めて自分の腕に装着したリフト券とともに記念撮影です。
#またまた親ばかですいません(汗)。

市内で手軽に家族スキーが楽しめます。
神戸ってホントにいいところですね。


投稿者 山中 勧 : 21:46 | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月11日

あじさいコンサートと大倉山公園

今日は「第4回あじさいコンサート~未来(あした)へ~」が神戸・大倉山の神戸文化ホール(大ホール)で開催されました。
「あじさいコンサート」は、阪神・淡路大震災から1年が過ぎた平成8年(1996年)1月、全国各地から寄せられた支援に対して感謝の気持ちを伝えようと「感謝コンサート『あじさいを咲かそう』」を開いたのが始まりです。
翌年から「震災からの心の復興」をテーマに、「あじさいコンサート」と名称を変え、広く市民から参加希望者を募り実施されました。
4年前、10周年の節目を迎えたのを機に、あじさいコンサートの名称の後に「~未来(あした)へ~」という言葉を加え、コンサートのテーマを「震災からの心の復興」から一歩進めて「未来へ向けての神戸からの文化の発信」とし、再スタートして今年が通算では13回目。
神戸を中心として活躍する合唱・合奏団体が出演します。
今年は12団体の参加ですが、その中に母校の音楽部が出演するということで聴きに出かけました。
家内と次男の瞭との3人です。
母校の演奏を聴いた後、瞭と私は途中で退席し、大倉山公園を散策。
神戸文化ホール自体が大倉山公園の中にあります。

大倉山公園は、元々大倉財閥の創始者、大倉喜八郎の別荘があったところです。
大倉財閥は明治・大正期に拡大しましたが、第二次世界大戦後の財閥解体で解散しました。
これを源流とする企業としては、大成建設帝国ホテルホテルオークラあいおい損保日清オイリオ東海パルプサッポロビールリーガルコーポレーションなどがあり、現在も存在感を示しています。

大倉喜八郎と親交のあった伊藤博文(初代の兵庫県知事で内閣総理大臣)がこの神戸の別荘をよく利用していたそうです。
伊藤博文が明治42年(1909年)ハルピンで暗殺された後、大倉喜八郎がこれを悼んで銅像を建て、市民に開放することを条件にこの別荘を神戸市に寄付しました。
明治44年10月に銅像が建てられ、「大倉山公園」として開園しました。
銅像は第二次世界大戦中に供出されて今はなく、巨大な台座だけが残されています。

この公園の中には、「ふるさとの森」という、35県のお国自慢の木を植えた庭園があり、各県人会の皆さんが立てた石碑などがたくさんあります。

こちらは、静岡県人会が創立100周年を記念して建てた富士山型の石碑です。さすが富士山はインパクトがあります。
遊びに来ていた外国人の家族もここで記念撮影をしていました。

大分県の森には、大分・中津藩出身の福沢諭吉の石碑もあります。
「独立自尊 天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」
と書いてあります。懐かしい・・・。

敷地内には、野球場、児童公園、中央図書館、中央体育館、神戸文化ホールなどいろんな公共施設が建てられており、たくさんの市民に利用されています。

市街地の真ん中にあるとは思えない意外と静かな空間です。
季節季節にいろんな花が咲き、花の名所になっているそうです。


投稿者 山中 勧 : 17:30 | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 1日

初詣と雑煮祝い

今年も初詣は「生駒さん」です。
祖父の代からの恒例の行事です。

朝6時に一家揃って7人で出発。神戸駅に車を停めてJR・近鉄・ケーブルカーを乗り継いで片道約2時間の行程です。

生駒山宝山寺は真言律宗の寺ですが、鎮守神として「歓喜天」(聖天)を祀ってあり、生駒聖天さんとして商売の神様として古くから人気があるそうです。

いつものように順番にお参りです。地蔵堂、本堂、聖天さん、初代社長の山中直次郎ゆかりの千手観音、大師堂、奥の院、白龍弁財天さん、大黒天さん、開山廟(開祖の湛海和尚の墓)。

この写真は、白龍弁財天です。

伍魚福の登記上の本店がある創業の地に祀られている「巳さん」は、亡くなった祖母が生駒さん由来のお坊さんにお世話になって祀ったそうです。多分この弁財天さんと同じ神様だと思われます。

本堂前に戻り、おみくじを引きました。
私は第29番で吉。
会長は大吉。
次男の瞭も大吉で大喜び。

会社に寄って郵便物を取って12時頃帰宅。

そして雑煮を祝います。

こちらはお膳の前の瞭です。

今朝は5時半の起床でしたが、家族で一番元気でした。

年末から母と家内が丹精込めて準備したおせち料理です。

お正月の準備をしてくれた母と家内に感謝。

うちの雑煮は白味噌、丸もちに男性には大きな「かしら芋」が入ります。
今年の「かしら芋」は「八つ頭」という種類だそうです。

いつもと同じお正月を迎えることができる幸せに感謝。
その幸せの元である伍魚福、伍魚福を支えていただいているTEAMメンバー、そして伍魚福の商品をお使いいただいているお客様に感謝。

皆さんに支えていただいて我々の暮らしもある。ありがたいことです。


投稿者 山中 勧 : 19:28 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月28日

冬山登山(といっても高取山)

今日は次男の瞭(5歳)と二人で近くの高取山へ。

9:30に自宅スタート。お昼ごはんを茶店で食べる計画となっているため逆算しての設定です。

山の北側の登山道の入り口にある公園でまず準備運動中?の瞭です。毛糸の帽子に手袋にマフラーと完全防備です。

高取山は「六甲全山縦走路」の途中にあり、天気も良いせいか今日もたくさんの登山客がおられました。
すれ違うたびに「おはようございます」とさわやかな挨拶もあり、気分爽快です。
この写真は瞭が自分で選びました。がんばって岩をよじ登っているところです。

工場関係が正月休みに入っているせいか、空気も澄み、景色も良く見えます。今日は関西空港まで見えました。

山頂の神社にお参りして、11:30ごろ月見茶屋に到着しました。

茶店にも7組ほどお客さんがおられ、おでんも品切れ寸前でぎりぎりセーフでした。

おでんとビールで昼食をとりました。
歴史はかなり古いらしく、表の看板には大正12年創業、85周年!の文字が。
子供のころから何度も来ていますが、改めてびっくりしました。

そのまま歩いて地下鉄の長田駅へ。
途中で「長田のういろや」さんのういろ(ういろうのことを「ういろ」と呼びます)を2本(抹茶と白)購入して本日のお土産にしました。

地下鉄で妙法寺駅まで戻り、そこから歩いて帰ります。

約14000歩、約4時間半の楽しいミニ登山です。


投稿者 山中 勧 : 14:09 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月15日

七五三

今日は次男の瞭の七五三です。
地元の長田神社でおまいりをしました。
隣に写っている舜は今年中学一年生です。

当日なのでもっと混んでいるかと思いましたが、意外とすいていました。

神社前の宮前写真館で記念撮影も行いました。
高校のクラブの練習で別行動だった万里子(高校一年)も撮影だけ駆けつけてくれました。

宮前写真館さんは当社の加盟している神戸市勤労者福祉共済(ハッピーパック)の会員証を見せると1割引になります。

意外とハッピーパックは使いでがあります。


投稿者 山中 勧 : 19:53 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月27日

鉄拐山から旗振山、須磨浦山上遊園、鉢伏山

おらが山を後にして、ウバメガシの林の中の道へ。

ウバメガシは九州、四国、本州伊豆半島までの海岸のごく近くにだけ自生する常緑広葉樹。
もし、内陸部でこの木が見つかると昔はその付近まで海岸が入り込んでいた証になるそうです。
この木で焼いた炭が「備長炭」になります。

男3人で記念撮影。
夏でも涼しいそうです。途中にはきのこが生えているところもありました。

源平合戦の一ノ谷の戦いがあったのはこの近くだと言われています。

鉄拐山を超え、旗振山へ。
旗振山の茶屋の前での一枚。
摂津の国と播磨の国の国境です。
今は神戸市須磨区と垂水区の境だそうです。
後ろには瀬戸内海。フェリーが通っているのが見えます。

なんで旗振山というかというと・・・。旗を振った山だからです。
江戸時代中期から、大正時代まで、大阪堂島の米相場を畳一畳大の旗を使って加古川・岡山方面へ伝達した中継場所だったそうです。

そこから5分ほどで「須磨浦山上遊園」へ到着。

絶景です。
これはサイクルモノレール。ひとり200円也。

山上遊園の噴水の近くで少し休憩。
子供たちはかき氷を食べました。

われわれが子供のころには「ドレミファ噴水パレス」という施設があり、音楽に合わせて噴水が吹き出る仕掛けがありました。

今はシンプルな噴水と、売店、バーベキューテラスなどがあります。

旗振山から鉢伏山まではリフトに乗って移動。

「はりま」駅から「せっつ」駅へ。
リフトの下にも国境のラインが書いてありました。

鉢伏山上からは日本でもここしかないといわれている「カーレーター」で下ります。
二人乗りの乗り物がベルトコンベアのようなものに乗って動きます。

ステーション(降り場)近くのガタガタという振動が何とも微妙です(笑)。

ネットで調べてびっくり。
昭和41年3月18日開通!私と全く同じ誕生日です。なんと42歳!!!
頑張って元気に運転を続けてほしい・・・。
全長91m 勾配25度 輸送能力片道毎時760人。
2人乗り椅子35台。
そしてロープウェイの乗り場へ到着。

こちらは昭和32年9月18日開通。
全長464m 毎秒速度2.5m 所要時間3分15秒。
客車定員30名。

このゴンドラは平成19年の三菱重工製。
まだピカピカの新車です。
ロープウェイからの景色も最高です。
この砂浜は須磨海水浴場です。

夜景も素晴らしいそうです。
夜景はこちら
今年は地元の方の努力で期間限定でロープウェイの夜間運転も実施されました。

ロープウェイを降りて須磨浦公園を東へ600mほど散策。
須磨一ノ谷のバス停から妙法寺駅行きの市バスに乗って帰途につきました。

約5時間。本日の歩数は11453歩。良い運動になりました。


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おらが茶屋の独特のカレー(おらが山登山)

先日、神戸商工会議所の西神戸支部で開催された「長田活性化研究会」で長田・須磨ウオークラリーの案内がありました。
須磨コースの地図の中に「独特のカレー」の文字が・・・。メニュー名が「独特のカレー」なのです。
朝からこのカレーを食べに行くぞ!と決意し、家内と長男、次男の4人で出かけました。
長女は部活です。

地下鉄の妙法寺駅から須磨一ノ谷行きの市バスに乗って約10分。高倉台のバス停からスタートです。

この写真が「おらが山」です。
上の子供たちもお世話になった幼稚園のすぐ近くにあります。

子供たちにとっては幼稚園の遠足などでなじみの深い山なのですが、私には高校1年生のときに六甲全山縦走で通って以来の登頂となりました。

須磨海岸などの景色を眺めながら15分ほどで山頂に到着。

1階の看板にも「独特のカレー」の文字が。こちらがメニューです。
店内はこんな感じです。

景色を眺めながら食事ができます。
戦後間もなく米軍が写した航空写真や、高倉団地が造成工事中の昭和39年の写真、平成になってからの写真なども展示されています。

舜(長男)と瞭(次男)が注文したきつねうどんです。おあげさんが2枚載っています。
家内はカレーうどん。関西風のかつおだしに少し辛口のカレー。
そしてこちらが「独特カレー」です。途中ニンニクを炒めるいい香りがしていました。
ニンニク入りのカレー炒飯(多分)にカレーをかけて玉子を落としたものでしょうか。確かに独特ですね。
カレーの少し焦げた感じがアクセントとなり、なかなかの美味でした。

店主の方は、震災前まで新長田で印度屋本店というカレー屋さんをされていたそうです。
同じメニューを再現されたそうで、ネットで調べるとたくさんのファンの方がブログを書いておられます。

JR新長田駅、当時の東口から北に上がった神楽町6丁目にあったそうです。
高校2年まで、地下鉄が伸びる前は新長田駅から歩いていましたので毎日前を通っていたはず。

そういえば、カレーを食べたことがあるような気がしてきました。独特カレーではありませんが。

瞭もおいしくいただきました。
ごちそうさまでした。
屋上からは360度の絶景です。

たくさんのハイカーの方が休憩されていました。

神戸空港、ポートアイランド、三宮方面の市街地から、須磨海岸、高倉台・名谷・垂水方面の団地、明石海峡大橋まで臨めます。

今日は天気もよく、和歌山や四国方面まで見えました。

おらが茶屋の全景です。

あまりの気持ちの良さに予定を変更して鉄拐山、旗振山方面へ足を延ばすことにしました。


投稿者 山中 勧 : 20:13 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年9月19日

真っ赤なボルシチ

本日の夕食です。
我が家に初登場のビーツをつかったボルシチです。

余りの鮮やかな赤さに驚いて思わず写真を撮ってしまいました。
なかなかエンターテイニングだと思いませんか?

ビーツは砂糖大根のこと。ビートとも呼ばれているようです。そういえば大昔、地理の時間にソ連の農作物でそんな名前を聞いたような気が・・・。

家内が友人に教えてもらったレシピで作りました。ロシア料理のボルシチにはビーツが必ず使われるそうです。今回はビーツ、たまねぎ、ジャガイモ、ニンジン、キャベツ、豚肉、牛肉を使ったレシピです。
上に載っているのは香草のディル。写真中の細長いものがビーツです。半円形のものはジャガイモ。見事にビーツの色に染まっています。

ボルシチにはトマトやにんにく、セロリを入れたり、最後にサワークリームを載せたりもするそうですが、今回の澄んだ赤い色はビーツだけの色。ベタシアニンという色素ですが酢を使うことでより鮮やかな赤になります。

ボルシチは元々ウクライナの郷土料理ですが、ロシア全土で食べられています。日本で言えばみそ汁のような位置づけらしいです。地方や家庭によって少しずつレシピが違うそうです。

子供たちにも大人気でした。みんなでおいしくいただきました。


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2008年7月20日

自衛艦「はたかぜ」体験航海

今日は海上自衛隊阪神基地隊(神戸市東灘区魚崎浜町)で開催された自衛艦「はたかぜ」の体験航海に参加しました。
こちらの写真は、海上自衛隊のホームページから引用させていただきました。

小さく見えますが、全長は150mあり、近くで写真を撮ると全体は写りません。

こんな感じです。

早めに到着したので子供用の制服を着させてもらい記念撮影。
アンケートを書いて抽選会に参加できたりとサービス満点?です。

頂いた資料によれば今回乗船した護衛艦「はたかぜ」の概要は下記の通りです。

基準排水量
4,600t

主要寸法
長さ:150m
幅:16.4m
深さ:9.8m
喫水:4.8m

主機械
ガスタービン4基2軸

馬力
72,000PS

速 力
30kt

#こちらは艦内での写真です。映画で見たような光景が広がっており、感動。

主要兵装
高性能20ミリ機関砲x2
54口径5インチ単装速射砲x2
誘導弾発射装置x1
SSM装置一式
アスロック装置一式
3連装短魚雷発射管x2

定員
260名

艦隊防空の要として対空目標に対して迅速に対処するために建造された、海上自衛隊5番目のミサイル搭載護衛艦だそうです。
三菱重工業・長崎造船所で建造され、1986年(昭和61年)から就役。

自衛隊の法律上の位置づけなどいろんな議論はありますが、日本も独立国である以上、自分で自分の国を守ることは当たり前のことです。
鍵をかけないで出かける人がいないのと同じことです。
家に強盗が入ってきて家族を襲ったとしたら私も武器を取って戦います。

日本を守ってくれる人がいるからこそ平和な日々を送れるのだと言うことを忘れてはなりません。
戦争をしないためにも自衛隊が存在するのだと思います。

我々に代わって日本を守ってくれている自衛隊の皆さんに感謝。


投稿者 山中 勧 : 18:30 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月28日

美術べっこう飴「八尾商店」

須磨の大丸百貨店で人だかりができているのを見つけて覗いてみました。

べっこう飴でできたマンガのキャラクターや似顔絵、立体的な龍や七福神の乗った宝船・・・。
飴細工なのに立体的でびっくり。
「美術べっ甲飴」という名前の通りまさしく芸術的です。

乾燥剤を替えれば1年以上保存できるそうです。

大阪の八尾にある「八尾商店」の二代目龍昇(本名:笹本晋平)さんです。

瞭(5歳)のリクエストで「ゴーオンレッド」(皆さんご存知ですか?)を作ってもらいました。
見本の写真や絵があれば何でも作ってもらえます。

#写真撮影とブログ掲載についてはご本人から許可をいただきました。ありがとうございます。

初代龍昇さん(お父さん)のあとを継いで弟さんとともに商売をされています。
全国の百貨店やショッピングセンターを回っておられるそうで、年間300日位出張とか!

出来上がった作品をみてびっくり。
作っている過程を見るのがまた楽しい。
作ってもらいながらの会話も楽しい。
子供も大人も興味津々です。

瞭は持って帰って早速テレビボードの上に飾っています。
そして兄や姉に自慢。
これも楽しい。

正真正銘のエンターテイニングフードですね。

伍魚福も思わず人に話したくなる、楽しい、おもてなしの食品をどんどん提供していきたいと思います。
エンターテイニングフードは奥が深い・・・。頑張らねば。


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2008年6月15日

地震からの復興(岩手・宮城内陸地震に思う)

本日、長男の舜(中学1年)の陸上の須磨区大会の応援で総合運動公園を訪れました。
帰途見つけたのがこの石碑です。

御製

大いなる
地震ゆりしより
十年余り
立ち直りし町に
国体開く

<読み>
おおいなる
なゐゆりしより
ととせまり
たちなおりしまちに
こくたいひらく

平成18年秋に兵庫県で開催された第61回国民体育大会「のじぎく国体」に天皇陛下が来られた際に詠まれた歌だそうです。
解説の書かれた石碑も隣にありました。

震災後、電車が開通したとき、阪神高速道路が開通したときのうれしさ。
阪神淡路大震災から復興し、国体を開くことができるありがたさ。

普通の生活ができることのありがたさ。

だんだん慣れてしまい、当たり前のことのように思いがちです。

「天災は忘れたころにやってくる」といいますが、最近は忘れる間もなくいろんな天変地異が起こります。
「忘れるな」という天の声なのかもしれません。

岩手・宮城内陸地震で被害に遭われた皆さんには心よりお見舞いを申し上げるとともに、一日も早い復興を祈念しております。


投稿者 山中 勧 : 17:43 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年5月 3日

高取山(たかとりさん)登山2008

男3人組(?)で久しぶりに高取山に登りました。

毎年GWには恒例のようになってきました。
家からずっと歩いて須磨区の妙法寺側から登りますが、途中にはこのような岩場もあります。
二男の瞭(4歳・幼稚園の年中組)も慣れたもので苦にせず登ります。

今日は気温も高く、初夏のような気候で結構汗もかきました。

高取山の途中には神戸市須磨区と長田区の境界線も走っています。
この写真は舜(12歳・中学1年)がその境界をまたいでいるところです。

山頂から少し下った所にある「月見茶屋」で昼食をとりました。
いつものようにおでんにビール(笑)、ラーメン。
瞭はおでんの玉子が目当てだったようで嬉しそうに食べていました。

「→高神の滝」という看板に誘われて、今日は普段と違う道を下りました。

後ろに写っているのが「高神の滝」です。
「滝」というイメージとはだいぶ違います(笑)が、高取神社の飛び地として神聖な雰囲気を醸し出していました。隣には湧水を飲める場所もあり、舜は味見をしていました。

鷹取団地方面に降りてバスで板宿へ。地下鉄に乗って妙法寺へ。
約3時間の行程でした。


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2008年4月26日

一足早い誕生日プレゼント

先日NHKテレビの「ルソンの壷」に登場していた自転車の専門店「サイクルベースあさひ」を見学がてら家族で訪問しました。
町の自転車屋さんからスポーツ車専門店に転換、その後大型店に再転換して多店舗展開され、現在は東証一部にも上場されています。

お客さんの声を活かした商品開発にも定評があり、男子高校生が通学にママチャリを使って(意外と人気があるそうです)よく壊すという情報から作られた丈夫な男子用のママチャリもちゃんと並んでいました。

売場の奥にはテレビで見た整備マニュアルも並んでいました。修理のお客さんや新規購入のお客さんも途切れることなく来られていました。

次男の瞭に一足早い誕生日プレゼントとして新車を購入。いままで長男のお下がりでしたので大喜びです。
コマを外してもらい、スタンドを装着。天井から降りてきた圧縮空気のパイプで手際よくタイヤの空気補充。ブレーキのチェックなどもしてもらい、即駐車場で試乗。

帰って早速慣らし運転?少し大きめの16インチですが苦にすることなくどんどん走ります。


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2008年1月14日

神戸市立王子動物園

今日は舜(小6)、瞭(4歳)と家内とで王子動物園に出かけました。
http://ojizoo.jp/
上の子供たちがまだ小さかった頃はよく行っていたのですが、最近はとんとご無沙汰していました。
いつの間にか小学生以下は無料になっていました。

今日一番驚いたのはカバです。
まず、カバの展示建物がとてもきれいになっていてびっくり。
立って歩いていてその大きさにびっくり。
そして水に入ってもぐったり、大きく口を開けたりしてまたびっくり。

この写真は「出目男」だと思われます。ほんとに大きかったです。旭川の旭山動物園から2003年に引っ越してきた「ナミコ」は部屋の中にいた方だと思います。
#どなたか詳しい方教えてください。

昔はただ水にもぐっているだけであまり面白くなかったような記憶があります。
見慣れた動物のはずなのですが、展示の仕方で見え方が大きく変わりますね。

王子動物園では昨年10月21日、日本で初めてのインドゾウのオスの赤ちゃんが生まれたそうです。公募により名前がつけられたのが「オウジ」。今日も見学に長い列ができていました。
話題性ではハンカチ王子やハニカミ王子にちょっと負けていたかもしれません(笑)が、こちらは昔から王子動物園ですので本家本元でしょう。
食堂が「カレー王子」に改装されていたのにはちょっと驚きました。

また、昨年より企業サポーター制度が発足しており、地元企業中心に寄付をつのり、動物園を支えていこうというものです。動物病院や学校法人などの表示板も立っていました。


こちらはアムールヒョウです。窓から見ていたらこちらを振り返ってくれました。
獲物だと思われたかもしれません。


王子動物園内に展示されている「D51211号」の前での一枚です。
設置された碑の銘板によれば、昭和13年10月13日に神戸市須磨区の国鉄鷹取工場で新製第一号機として製造され、西日本の主要幹線で活躍、昭和46年までに180万キロを走破したものだそうです。

いまは鷹取工場もなくなってしまいました。歴史を感じますね。


投稿者 山中 勧 : 17:49 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月13日

とんど焼き


毎年1月15日に「とんど焼き」を行います。

かつては15日が成人の日でお休みでしたのでその日に行っていました。今年はほかの予定との兼ね合いもあり、一足早く本日行いました。

自宅玄関、勝手口、車、瞭の自転車(笑)などに飾っていたしめ飾りと万里子、舜の習字などを燃やしました。風も少しありましたがきれいに燃えてすべて灰に・・・。

子供達は学校でゴミの分別の勉強をしているせいか、針金やプラスティックを外したりしてくれました。

万里子と舜とで門や玄関のところに灰を置き、道具を片づけて無事終了。

私自身がとんど焼きをしたのは久しぶりです。
この記事を書くにあたってWEBで調べてみましたが、地域によってさまざまな呼び方があるのですね。左義長(さぎちょう)、どんど焼き、どんと・・・。

子供のころからこれが終わると正月も終わりだなぁと実感します。


投稿者 山中 勧 : 16:55 | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月 1日

今年のかしら芋とおせち料理


今年のかしら芋です。これは私のお膳についていたものです。いつもよりも大きくてびっくりしました。

今年も我が家は例年通り6時出発で奈良県の生駒山へ初詣に出かけました。雪が心配でしたが天気は晴れ。いつもよりも文殊堂(学問の神様)で時間をかけて拝みました。

おみくじは吉。

その後、帰ってきてからお雑煮を祝いました。

年末から家内と母で準備したお煮しめやにらみ鯛など。これもいつもと同じ風景です。

かしら芋と格闘中の瞭(4歳)です。早起きしてお腹がすいていたらしくたくさん食べました。

こちらは舜(12歳)です。今年中学生になります。

今年もいつもと同じお正月を迎えられる幸せに感謝。


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2007年12月 1日

もちつき


今日は、次男の瞭の幼稚園の餅つき大会に参加しました。
こうやって臼と杵で餅をつくのは何年ぶりでしょうか。

つく前のもち米を子供たちが試食して「お餅の味がする!」という声が上がっていました。たしかに、これが餅になるというのを見たことがないので当然の反応かもしれません。

父兄が大体ついてから、子供たちの登場です。みんな張り切って振り上げていました。

お餅がつけたら、5家族で分けて、それぞれ試食タイム。うちはしょうゆ餅にして食べました。つきたてはやっぱりおいしいです。


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2007年7月29日

酬恩庵一休寺(京都府京田辺市)にて


今日は朝7時出発で家族7名(我が家5名+会長夫妻)そろって京都へ墓参に出かけました。
京都の宇治田原町にある父方の先祖のお墓へ参ったあと京田辺市にある母方の先祖のお墓へ。

そのあと母が子供のころ遊び場にしていたという「一休寺」(京田辺市薪里ノ内、昔は薪村といったそうです)を訪れました。この写真は本堂を門の外から撮ったものです。

私も子供のころ行った覚えがあります。たぶん30年以上前になるのでしょう。
一休さんはテレビの漫画でも有名です。最近その主題歌がリバイバルされてたまにラジオで流れています。

酬恩庵一休寺は元の名は妙勝寺といい鎌倉時代に建立されたそうです。1455年~56年に開祖の6代目のお弟子さんだった一休禅師が再建してその晩年をすごされた場所です。

一休さんといえば、とんちが有名です。これにちなんだ橋も境内にあります。

後小松天皇のご落胤として1394年に生まれ、6歳で出家し、25歳のときに「一休」の号を授かったそうです。63歳でこの薪村に酬恩庵を結び、74歳では応仁の乱を経験、81歳で京都の大徳寺の住持となり再建に尽くし、88歳でここ酬恩庵一休寺で亡くなりました。

臨済宗の高僧でありながら、詩や狂歌、書画に通じ、奇行を重ね「風狂の人」といわれた一休はそのイメージから民衆文化の中でとんちの一休さんとして親しまれていったのです。

実際には漫遊していない水戸黄門さんの漫遊記が書かれたりしたのと同じような経緯ですね。

境内にある一休さんのお墓は「宗純王」(皇子)の墓として宮内庁が管理しています。

墓参りをするといつも思うのですが、今こうやって存在していることがいかにすごいことか。今生きている人類のすべてが、何百万年前から親から子へ、親から子へ、と命をつないできたのです。当たり前すぎて普段意識することはありませんが、どこかで途切れていたら自分自身の存在はないのです。

我々もまた親として子へ、そして孫へ・・・。大切な命を受け継いでいかねばならないですね。


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2007年7月17日

阪神大震災のこと

新潟県中越沖地震により被災された皆様には心よりお見舞いを申し上げます。一日も早い復旧・復興を祈念いたします。

地震の報を聞き、思い出されるのはやはり阪神大震災のことです。

私は1995年当時伊藤忠商事(大阪本社)のレディスインナー課に勤務しており、堺市東上野芝町の社宅の3階に住んでいました。
私は結婚5年目の28歳。長女の万里子は2歳。家内(29歳)は第2子を身ごもっていました。

家内も私もインフルエンザにかかって熱を出し、実家の母に手伝いに来てもらっていました。

1995年1月17日午前5時46分。
突然の揺れで目が覚めました。食器棚の中のワイングラスがいくつか割れました。
揺れがおさまってすぐにNHKニュースをつけました。近畿の地図が映し出され、堺市の震度は4。不思議なことに神戸周辺は震度が表示されていません。
「神戸が震源地や!」
そう直感してすぐに実家(神戸市須磨区)に電話しました。
呼び出し音は鳴るものの出ません。後で聞いたところによると庭に避難していたそうです。

今度は家内の実家(神戸市須磨区)に電話。義父が電話に出てとりあえずの無事を確認できました。
家の中はめちゃくちゃだけど命に別条はないとのこと。

それからしばらくすると受話器を上げたとたんに「ツーツーツー」という話中音のみで電話をかけることができなくなりました。

熱があるのも忘れてTVのニュースを見ていると阪神高速道路は倒壊、火事も広がりつつあります。
午後から枚方市在住の伯父と連絡がつきました。公衆電話経由ならつながりやすいと教えてもらい、近くの公衆電話から実家に電話したところようやく父とつながり、無事を確認。

その夜も延焼は広がり、伍魚福のある長田区の地名がたくさんニュース速報で流れます。道路地図を車から持ってきて、延焼した地名を鉛筆でなぞって一夜を過ごしました。
被害の甚大さに愕然。長田区の大正筋商店街など子供のころの懐かしい場所はほとんどが焼けてしまいました。私の通っていた鷹取幼稚園は被災者の基地となりました(のちにペーパードームで有名になりました)。

母は翌々日、福知山線など、動いている電車を乗り継いで何時間もかけて神戸へ帰って行きました。

神戸を訪れたのは数日後のことでした。伊藤忠商事提供のカセットコンロなどの支援物資、お世話になっていた染工場にいただいたポリタンクなどを車に積んで、三田、有馬経由の長い道のりを超えてまずはお得意先のシャルレさんへ。神戸市須磨区弥栄台にあるシャルレさんのエリアでは水道も生きており、ポリタンクは大変喜んでいただきました。

そこで私もポリタンクに水を入れさせていただいて、車で10分程度の実家へ。実家は少しひびが入った程度の被害でした。が、南へ下っていくにつれてたくさんの家が壊れて信じられない光景が・・・。

地震発生以来、思い悩んでいたことに結論を出したのは約半月後のことでした。
月曜日の朝の会議(課会)の後、課長に残ってもらい、父が神戸の長田で商売をやっていること、伊藤忠商事を退職し、伍魚福に入社しようと考えていることを伝えました。

大学卒業後の進路については「好きなようにしたらいい」との父の言葉もあり、1988年伊藤忠商事に入社しました。東京の法務部に配属となり、2年半。結婚と同時に大阪に転勤となり大阪法務審査部。そして無理を言って営業に変えてもらいアパレル部門へ。正式に営業担当となり、これから会社に恩返しをしなければという矢先の退職には大変心苦しいものがありました。
急な退職で後任の方の異動、引き継ぎなど同僚、上司の皆さんには大変ご迷惑をおかけしましたが、4月末日付で円満に退職をさせていただきました。
伍魚福へは2月の土曜日の経営計画発表会で挨拶をしたのち、4月より伊藤忠商事のお休みをいただいた日に出勤。5月1日より正式に入社しました。

5月20日には長男の舜が誕生。
6月21日には伍魚福入社と男児誕生を大変喜んでくれた祖母(会長)ががんのため逝去。
社葬を行い、たくさんの協力工場、協力会社、関係者の皆さんに弔問に訪れていただきました。祖母が皆さんに私の入社を紹介してくれたのだと思っています。

人生にはいろんな転機があります。
今回の震災が転機になる方も大勢おられることと思います。
被災された皆さんの心中はいかばかりかと思いますが、前向きに、明るく、力を合わせて努力すれば、復興も意外と早いのではないかと思っています。


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2007年5月 3日

高取山(たかとりさん)登山

本日は家内と舜(小6)、瞭(3歳)の4人で近くの「高取山」へ登りました。

六甲山系の山のひとつで、標高328m。六甲全山縦走のコースでもあります。
高取山は子供のころからなじみの深い山です。父と登った記憶もあります。

高校の裏山だったせいもあり、高校の剣道部時代はトレーニングのために走って登ったりもしました。
大学に入ってからも高校の剣道部の友人と集まって初日の出を拝みに行ったりもしました。

最近はもっぱら家族とともに登っています。3歳の瞭も今回で3回目の登頂です。自宅のある側から(妙法寺側)から登る道は岩場の連続で結構きつい道です。

自宅から歩いて1時間半くらいで山頂に到着。
山頂でおにぎりで昼食。
少し歩いた茶店でおでんとビール(笑)。

茶店には登山会の方の記録などもありますが、一番たくさん登っている方は18000回超!
毎日登ったとして10年で3650回あまりですから、50年位毎日登っていることになっています。
3歳の瞭が今入会して毎日登っても53歳!

今回はそのまま反対側に降りてバスで帰宅しました。

徒歩圏内に山もあり、海も近く、神戸は改めていいところだと思います。

舜です。高取神社から神戸市内の風景をバックに。
神戸空港も遠くに見えます。

荒熊神社の階段下にて。舜と瞭です。


投稿者 山中 勧 : 19:15 | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月 1日

5連休取得制度(北京での休暇)

昨年8月より「5連休取得制度」をスタートしています。
普段仕事に専念できるのも家族の支えがあってこそ。5連休を取得し、家族に感謝の気持ちを伝えるとともに自分自身もリフレッシュしよう!ということで、社員全員が交代で連休を取得します。
連休期間中の自分の仕事は「TEAM GOGYOFUKU」のメンバーでカバーします。この仕事はこの人しか分からないという「属人的」な仕事をなくし、組織として仕事が回るようにする目的もあります。

今回子供たちの春休みに合わせて私も連休を取らせてもらい、一家5人で中国・北京へ来ています。パックツアーではなく完全自己手配なので、タクシーに乗って行き先を告げたり、レストランで食事を注文したりも当然自分でやらねばなりません。大学時代に学んだカタコトの(笑)中国語で何とか父親の威厳を保っています。

昨日(3月31日)は、念願の「万里の長城」です。北京市郊外の「八達嶺」です。北京オリンピックを控え、山にもオリンピックのロゴとスローガンが。
子供たちも中国に着いた初日はかなり緊張していましたが、だんだん慣れてきたようです。万里の長城はとても感動したそうです。

今日(4月1日)は、故宮博物院(紫禁城)へ。こちらもオリンピック向けに改修工事も行なわれています。工事できたてのピカピカの建物前での一枚です。

広い意味では家族の皆さんもTEAM GOGYOFUKUのメンバーとして伍魚福を支えて頂いているのだと思っています。全員で力を合わせて皆さんの期待にこたえられるような良い会社にしたいと考えています。


投稿者 山中 勧 : 23:12 | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年2月25日

須磨海浜水族園


今日は一番下の息子(瞭)と神戸市立須磨海浜水族園へ行きました。昨年公開されたウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟でも海洋調査の基地として登場しています。

昔は「水族館」だったのですが、ラッコ館やイルカのショー、アマゾン館など規模が大きくなり「水族園」という名前に改称されたようです。

これはアマゾン館にいる世界最大の淡水魚「ピラルク」です。旭川市の旭山動物園にもある水槽内のトンネルで間近で見ることができます。
でかい・・・。
おいしいんだろうか(珍味屋的発想・・・苦笑)。


投稿者 山中 勧 : 23:34 | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年1月 1日

明けましておめでとうございます(お節料理編)

初詣から11時半ごろ帰宅し、雑煮を祝います。

震災の年に亡くなった祖母が作っていたものを母が受け継ぎ、今は一部家内も担当(煮しめ、たたきごぼう、数の子、雑煮など)しています。もともとの山中家の出身である京都の田舎風なのでしょうか?他家と比べたことがないので定かではありませんが、子供のころから慣れ親しんだ懐かしい味です。
これを食べると「お正月だ」という感慨がわいてきます。
毎年祖母がそれぞれの食材のいわれを口癖のように話していたのを思い出します。「ごまめは・・・、蓮根は・・・、数の子は・・・、黒豆は・・・」うちの子供たちにも受け継いでいかねばならないと思います。


私の好物は「棒だら」です。カンカンに乾燥した棒だらを12月20日頃から水で戻すところから始まり、3~4日かけて味を含ませるそうです(大変だ)。材料のコンディションによっても味や硬さが変わり、かなりのノウハウがいるようです。


それぞれの食材をお膳に盛り付けて正月のお祝いをします。昆布だしで白味噌の雑煮には「かしら芋」、「雑煮大根」、「金時ニンジン」、「小芋」が入っています。お餅は丸餅を焼いて入れます。

男性の雑煮にかしら芋を入れるのですが、今は父、私、舜(長男)、瞭(次男)と4名の男性がいるため、最近少し小ぶりのものになっています(あと食べるのが大変なので・・・苦笑)。年によっては子供の頭の大きさくらいあり、お椀からはみ出します。これが入っていると他に何も入らないので一旦お箸をつけてから入れ替えてもらいます。


これは、2005年のお正月の瞭(当時1歳半)とかしら芋です。

食育が叫ばれる今日この頃ですが、こういう食文化を伝えていくこともとても大事なことだと思います。


投稿者 山中 勧 : 23:33 | コメント (2) | トラックバック (0)

明けましておめでとうございます(初詣編)

元旦は毎年恒例で家族みんなで奈良の生駒聖天宝山寺へお参りします。この習慣は、祖父が京都の宇治田原でお茶の商売をしていたころから始まっています。今日は家族7名そろって朝6時出発。初日の出を電車で拝みながらの道のりです。
ここは昔から「商売の神様」として信仰を集めています。本堂の隣に「歓喜天(聖天)」という仏教の守護神を祀った「天堂」があり、お寺なのに鳥居もあります。

境内には、本堂以外にもたくさんの建物があり、弘法大師、文殊堂、大黒天、白龍、それからいろんな人から寄進された二百数十体の地蔵などたくさんの仏様、神様が祀られています。

伍魚福の初代社長である山中直次郎ゆかりの千手観音もこの中にあります。
お参りした後、おみくじを引きます。今年は93番「吉」。「魚多く有りといえども、池に水なければ死すべし」「水なき池に居る魚、広々したる波に入れば、勢いよし」「望み事あるといえども邪げあり、未だ充分に運の開かぬなり」「少し辛労する事有るべし、辛抱せば末は善ろしかるべし」「願望末に叶うべし」「人を抱える等、よし」
商売の神様だけあって、吉でも書いてある内容は厳しいことも多いですが、辛抱すれば報われるということでしょう。
本年はいわば「伍魚福2.0」。インターネットがWEB 2.0として一方通行の情報発信から誰もが参加して情報発信できるように進化したのと同様、新しいバージョンに進化した伍魚福にする仕組みづくりの年としたいと考えています。成果がでるまで時間のかかることもあると思いますが、辛抱して努力を続けたいと考えています。


投稿者 山中 勧 : 20:25 | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年10月14日

ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟

今日は小5の息子と3歳の息子と3人で映画を見に行きました。
http://www.ultraman-movie.com/
ウルトラマン誕生40周年(私と同い年!)。なんと神戸を舞台にウルトラ兄弟と怪獣との戦いが繰り広げられます。ハヤタ(ウルトラマン)が神戸空港長、モロボシダン(セブン)が六甲山牧場、郷秀樹(新マン)が神戸市内のサーキット、北斗星司(エース)が舞子ビラの料理長として働いております。
いつもの風景が映画の中で登場し、感慨深いものがありました。
最初に主人公が神戸空港に降り立ち、最後の決戦も神戸空港。
ウルトラマン・セブンなどを見て大きくなった我々の世代にはものすごく懐かしく楽しい映画でした。エンディングや回想シーンでは、昔のフィルムも使われており、まさに40年間の集大成。
神戸にもフィルムコミッション(神戸フィルムオフィス)があり、映画・TVドラマの撮影に協力する体制もできています。
ロケ地マップ↓
http://www.ultraman-movie.com/images/kobemap.jpg
「未来を信じる心の強さが不可能を可能にする」
「信じる力が勇気になる」
「大切なのは、最後まであきらめないこと」
ちょっと照れくさい言葉ですが、経営にも通じるものがあります(とちょっとまとめたりする)。
子供たちよりも私の方が喜んでいたようで、あとで合流した家内と娘にも冷やかされました・・・。


投稿者 山中 勧 : 23:23 | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年9月30日

オルセー美術館展

今日は家族でオルセー美術館展へ行ってきました。
2006年9月29日~2007年1月8日 神戸市立博物館で開催されています。
http://www.orsay3.com/
絵画鑑賞が趣味で・・・なんてことは全くなく(汗)、絵心があるわけでもないのですが、見に行くのはなぜか好きなのです。
オルセーはその昔新婚旅行で行った想い出の場所でもあります。
今日はのじぎく国体の開会日のせいか、阪神中日のデーゲームがあったせいか、意外に空いていました。

今日見た中で良かった絵は、
マネ「アンリ・ロシュフォールの逃亡」

ハンマースホイ「室内、ストランゲーデ30番地」
#探したけど同じ絵がなかったです。こんな雰囲気の絵でした。
A_Woman_In_An_Interior_Strandgade_30_1901

マネ「ブーローニュ港の月光」

良かったといっても私の判断基準は欲しいかどうかというだけです(笑)。

家内にどれが良かったか?と聞いたところ、マネ「アンリ・ロシュフォールの逃亡」とハンマースホイだといいます。びっくり。夫婦は似てくるのでしょうか??音楽とか、他の趣味は全然違うのに不思議です。

神戸市立博物館の常設展示には地元で発掘された銅鐸などもあり、さわれる複製品なども教育の一環で展示されています。子供たちは銅鐸を鳴らしたり、パズルをしたり、そちらの方が楽しそうでした。


投稿者 山中 勧 : 18:26 | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年9月28日

家族の紹介

20050917TDSfamily.jpe

親ばかですが、家族の写真です。
昨年の秋、みんなで東京ディズニーリゾートへ行ったときのものです。

一番下の息子も3歳となりますますやんちゃで相手するのにも体力いります。

小5の息子は剣道やら英語やら頑張ってます。中2の娘は放送部。体育会の放送など張り切ってます。

家内は普段育児に忙殺されながらも、年に数回は伍魚福のフードコーディネータとして、カタログ向けの写真撮影などに活躍してくれています。

私にとってかけがえのないチームメイトです。


投稿者 山中 勧 : 16:41 | コメント (0) | トラックバック (0)

自己紹介

昭和41年3月18日 兵庫県神戸市にて出生・血液型O型
昭和53年3月 神戸市立妙法寺小学校卒業
昭和56年3月 神戸市立白川台中学校卒業
(バレーボール部に所属)
昭和59年3月 兵庫県立長田高等学校卒業
(剣道部に所属)
昭和63年3月 慶應義塾大学法学部法律学科卒業
(体育会洋弓部に所属)
昭和63年4月 伊藤忠商事株式会社入社
(東京の法務部で2年半・大阪法務審査部で1年半・アパレル第一部で3年勤務)
平成7年1月17日 阪神大震災
平成7年4月 株式会社伍魚福入社・取締役社長室長
平成8年3月 取締役営業部長
平成14年3月 常務取締役
平成15年3月 専務取締役
平成18年3月 代表取締役社長

社長就任時のプレスリリースに少し手を加えて・・と思いましたが、カタいですね。
いまは珍味屋ですが、昔は商社マン(最初は片手に六法全書だったのが、途中で片手にブラジャーになりました)、地震を契機に退職させていただき、神戸に帰ってきました。もう11年。時間のたつのは早いです。私も40歳になりました。白髪も増えたし。

妻と長女(中2)、長男(小5)、次男(3歳)との5人家族です。


投稿者 山中 勧 : 15:48 | コメント (0) | トラックバック (0)

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