株式会社伍魚福 代表取締役社長

くぎ煮資料室2008.05.15(Thu)「春の味覚コマシ網」(昭和10年2月28日付神戸新聞)

大倉山にある神戸市立中央図書館では、マイクロフィルムに収められた古い新聞を閲覧することができます。

昭和10年の魚谷常吉さんの著作にいかなごの「釘煎り(くぎいり)」の記述があったので、神戸新聞の昭和10年2月~3月の記事を閲覧して発見しました。
今はパッチ網という船曳網を用いた漁法で行われていますが、当時は船で引っ張らない「コマシ網」を用いていたのでしょうか。

神戸新聞
昭和10年2月28日(木)
第7面

——–以下引用————————–

春の味覚「コマシ網」

豊漁の予想を載せて
あすから網下ろしする

内海の春(はる)はシンコ(玉筋魚の稚魚(ちぎょ))から・・・・・・白魚(うお)のやうに楚々たる姿態(したい)を持つて例(れい)年都(と)会人の味覚(みかく)を賑はせるこの玉筋魚のコマシ網(あみ)が愈よ春漁(はるれう)のトップを切(き)つて三月一日から網卸(あみおろ)しが行はれる、県下の最盛(さいせい)地は淡路(あはち)東岸(がん)から神戸須磨(すま)方面(めん)の一帯(たい)だが、今年は大体(たい)豊漁(ぎょ)だらうと見られてゐる、県立水産試験場(さんしけんぜう)の予想(よそう)は斯(か)うだ-
産卵の状態及び水温、比重等から見て豊漁とみられるが反面俗にフルセと呼ばれる親イカナゴがまだまだ(山中註:二回目の「まだ」は原文は「く」のような記号)多く残つてをり親は盛に子イカナゴを食するので此の点が憂慮される、昨月九日試験場が明石海峡西方で調査した際にも親玉筋魚の腹中に大きいものは二十八シリ(山中註:ミリの誤植)から小さいもので十一ミリの子イカナゴが多数に入つてゐたほどである本年は気温が高くイカナゴの成長度が好いので獲れる子イカナゴも例年よりは大きなものが獲れるであらう(写真はコマシ網漁船)

——–以上引用————————–
#旧字体の漢字は新字体に修正しています。カッコ内のふりがなは特記あるものを除き原文にふりがながついたものをそのまま転記しています。

上記記事からのまとめ
1.昭和10年時点でもいかなごの稚魚は「シンコ」と呼ばれ、都会人に人気があったこと。
2.当時は「コマシ網」を用いた漁法で行われていたこと。
  ネットで調査しますと、今でも備讃瀬戸(岡山と香川の間の小豆島よりも西の海域)ではイカナゴコマセとして込網(こましあみ)を使って漁がおこなわれているようです。
http://www.pref.kagawa.jp/suisan/html/suisan/gyogugyohou/9.pdf
3.昭和10年のイカナゴ漁の最盛地は淡路東岸から神戸須磨方面の一帯と言われていたこと。
4.昭和10年のイカナゴ漁の網下ろしは3月1日だったこと。
5.当時も県立水産試験場が調査を行い、コメントを出していること。

また時間を見つけて調査を続けたいと思います。